5 祭りと花火

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5 祭りと花火

「ちあき、次はあれ食べよう!」 「ちょっと! 食べすぎだって!」  片手にクレープを持ったままの沙月を、ちあきは呆れた様子で窘める。  八月も折り返し地点に差し掛かった夕方。二人は近所の盆祭りに来ていた。町の小さな祭りだが、神社周辺の商店街が全面歩行者天国になり、たくさんの屋台が並んで賑やかだ。くじ引きや射的、アクセサリー屋などもあるのに、沙月ときたら食い気ばかり。至る所から漂う美味しそうな匂いを辿って、祭り会場を練り歩いている。 「全くもう……」  宙は都合がつかず来られなかったため、二倍の量のお守りをしているような気分だ。  祭りで気分が高揚するのも頷けるが、少しは落ち着いてくれないだろうか。既に疲れ果てていたちあきは、その場で大袈裟に肩を落とした。慣れない浴衣姿ということもあって、容易に走ることも出来ない。 「お待たせーっ!」  沙月は人目を気にせず、豪快な裾捌きでちあきのもとまで戻って来た。目を離している隙に、また何かを買ってきたようである。 「それ何?」 「フランクフルト! 甘いものの次はしょっぱいものでしょ!」 「はいはい……」  一体その細身の何処にそんな大量の食べ物が入るのだろうか。長年付き合っていても、未だに解明しない謎である。 「宙も来られたら良かったのに」 「そうだね。でも部活があるんだし仕方ないよ」 「まあね」  この前は運よく予定があったため海に行けたが、運動部は基本的に毎日部活がある。それはサッカー部も例外ではない。来る日も来る日も、朝から晩まで練習に励んでいることだろう。  気が付けば、沙月はクレープもフランクフルトも綺麗に平らげていた。 「相変わらずの早食いね」 「よく噛んでるから大丈夫だよ!」  沙月は得意げに笑う。彼女の食べっぷりは、見ていて気持ちが良いくらいだ。 「んー、でもさすがに苦しくなってきたな。腹ごなしにヨーヨー釣りやろ! そんで最後にから揚げ食べたい!」 「まだ食べるの!?」  軽い足取りで目的の屋台に向かう沙月を、ちあきは信じられない気持ちで追いかけた。 「いやー、食べた食べた!」 「むしろ食べすぎ」  結局、沙月はから揚げの後にデザートと称してじゃがバターを食べていた。デザートと言われると些か疑問が残るが、あの大口で食べられるとデザートに見えてしまうから不思議である。 「育ち盛りだからね。私からしたら、ちあきが少食すぎるんだよ」  そんな話をしながら会場を歩いていると、沙月は道の真ん中で急に足を止めた。 「どうしたの?」 「いや、あの人どこかで見たことがある気がするなって」  沙月が示す先に視線を走らせる。一瞬ただの暗闇を指差したかと思われたが、そこには紛れもなく人間が、それも全身黒服の男がいた。 「何でこんな所に……?」  その呟きは周りの喧騒に掻き消され、沙月の耳まで届かなかったらしい。彼女はしばらく唸った後、スッキリした様子で顔を跳ね上げた。 「思い出した! 海でちあきを助けてくれた人だよ!」 「えっ、嘘!」  思いもよらない言葉に、ちあきは珍しく大声を上げた。 「ほんとだって! スター張りのイケメンだから間違えるはずないよ!」  沙月はいつになく強気で断定した。確かに彼女の記憶力は目を見張るものがあるし、嘘を言っている訳では無いのだろう。しかし、呼んでもいないのに自分を助ける理由がわからない。ちあきは再度、彼に疑いの眼差しを向けた。  響介は露店裏の歩道を歩いていた。露店のテントに隠れてはっきりとは見えないが、女と連れ立っていることがわかる。女はかなりの美人でスタイルも良い。タイトで面積の少ない服を着ており、その豊満な体つきに周りの男は軒並み釘付けだった。彼らの気持ちも理解出来る。ただ、響介の腕に胸を当てるようにして抱きつく姿は、あまり好ましいと思えなかった。 「わーっ、さすがイケメン。モテるねぇ!」  沙月の言葉に、ちあきのこめかみがぴくりと動く。あの男は恋人というものがありながら、他の女の血を貰っていたと言うのか。血を貰うだけならまだしも、他の女の身体を担ぎ上げたり、肌に触れたりするのは如何なものだろうか。  助けられているのは事実だが、それとこれとは別問題である。不誠実なことが大嫌いなちあきは、言い表せないほどの怒りを覚えた。握り締めた拳がわなわなと震え、今にも爆発しそうである。そんな中、事情を知らない沙月は呑気に呟いた。 「せっかく会えたけど、あれじゃあお礼は言えないわね」 「そうね!」   語気を強めて言うと、ちあきは反対方向に向かって歩き出した。 「ちあき、どこに行くの!」 「ごみを捨てて来るだけ!」  ちあきは手に持っていたジュースの空きカップを握り潰した。尖ったプラスチックが手のひらに刺さり、少しだけ痛い。それがまた怒りを増幅させ、ちあきの足取りは乱暴になっていった。 「もう、一体何だってのよ」   突然機嫌が悪くなったちあきを見て、沙月は戸惑いを露わにしながら後を追う。 「あ、そうだ。今年は花火見て帰る?」  沙月の問いに、ちあきは少し不貞腐れたままで口を開く。 「私の時間は大丈夫だけど、沙月は?」  いつも通りの応答に、自分に怒っている訳ではないという事が分かったようだ。沙月の表情は安心したものに戻った。 「私は大丈夫! だから見て帰ろ!」 「わかった」 「じゃ、もう移動しようか。私トイレに行って来るから、先に行ってていいよ!」  沙月は落ち着きなく告げると、速足で来た方向の人ごみに消えて行った。  その後ろ姿を見送りながら、ちあきはふと冷静になる。話を知らない沙月に悪態をつくのは単なる八つ当たりだ。彼女が戻って来るまでに頭を冷やしておこう。ちあきは長い溜息を吐くと、毎年一緒に花火を見ている丘の上へと向かった。  その丘は神社の裏手にあり、祭り会場からは少し離れた場所に存在している。絶景スポットではあるのだが、有りがちな幽霊話が流れており誰も寄り付かない悲しい場所だ。  しかし実際の所、幽霊に出くわしたことなど一度もない。幼い頃から幾度となく訪れている三人は、それが下らない噂話だと知っているので、つゆほども気にせずに遊んでいた。そんな経緯から、この丘は専ら三人だけの穴場と化している。  ちあきは、ここに初めて訪れた時のことを思い出しながら歩いた。沙月を先頭におっかなびっくり進んだ道も、今見れば何という事はない。街灯は少なく薄暗いが、なだらかな傾斜の道を十分も行けば頂上に着くことが出来る。  彼女が普段より小股でせかせか歩いていると、ふいに小さな泣き声が耳に入った。 「……子ども?」  あどけない小さな声は、道の脇にある森の方から聞こえてくる。ふざけて立ち入り、迷子にでもなってしまったのだろうか。  ちあきは月明りを頼りに、森の中へ足を踏み入れた。辺りは泣き声以外に、草むらを進む小さな足音と虫の音しか聞こえない。おおよその検討をつけて歩いていると、頼りなさげな声は次第にはっきりと聞こえるようになり、すぐに子どもの姿を発見すること出来た。十歳前後と言ったところだろうか。ちあきよりわずかに小さいくらいの背格好をした少年は、たった一人で森の片隅にうずくまっていた。 「あの、どうかしたの?」  ちあきが声を掛けると、少年はゆっくりと顔を上げた。泣きはらした真っ赤な目は、彼女のことをおっかなびっくりした様子で見つめていた。 「友だちと遊んでたら、置いて行かれちゃったの……」  少年はしゃくり上げながら一生懸命説明を始めた。頑張って帰ろうと森を彷徨っていたものの、日が暮れてから怖くて動けなくなってしまったという。 「もう大丈夫だよ。私と一緒に町の方に戻ろう?」  そう言うと、少年は安心した様子を見せたが、すぐにまた泣き出してしまった。 「お腹が空いて、動けないよぉ……」 「えっ、ごめんね。私何も持ってないの」  自分の体格で、彼をおんぶして丘を下りることが出来るだろうか。  どうすればいいか考えを巡らせていると、少年は急に彼女の浴衣の裾を引っ張った。 「ここにあるよ。お姉さんの中に、たくさんね」  少年の口から、鋭い八重歯が覗く。 「きゃあ!」  事態を把握したものの、時すでに遅し。彼女は少年の姿をした吸血鬼に飛びかかられ、地面に押し倒されてしまった。その姿は徐々に少年から青年へと変わっていく。 「ふふっ、こんな簡単な手に引っかかるなんてな」  両手で首を絞めてくる吸血鬼に、ちあきの胸は激しく警鐘を鳴らした。このままでは殺されてしまう。度重なる恐怖に震えながら、彼女は弱々しい声を絞り出した。 「響…介…っ!」  その途端、ちあきたちを取り囲むように突風が渦巻く。 「何っ……!」  砂埃が入ったのか、吸血鬼が煩わしそうに目を瞑った。ちあきも反射で同じ行動を取る。突如暴れ狂う風の中を衝撃音が走り抜け、苦しさから解放された。風が止み目を開けた時、ちあきは見知った男の腕の中に収まっていた。 「響介……!」  自分の肩を力強く抱く彼に、ちあきは安心した表情を見せる。 「お前、捕まるの得意だな」  せっかく見直した所だったのに台無しだ。ちあきがイラっとした所で、吸血鬼が悔しそうに叫びを上げた。 「良い所で……っ! お前、一体何者だ!」  離れた所に倒れていた吸血鬼が、頬を押さえながら立ち上がった。睨みつけてくる彼に対し、響介は不敵に笑う。ちらりと覗く八重歯を見て、吸血鬼は「なるほど」と品定めをするように目を細めた。 「同族か。でも他人の物を横取りするのは許せねえな。さあ、そいつをこっちに寄越せ」  吸血鬼が片手を差し出してくる。しかし――― 「嫌だと言ったら?」  彼はそんなことに大人しく従う玉ではない。その無遠慮な答えは吸血鬼を困惑させた。吸血鬼が硬直している間に、響介はちあきを下がらせてその懐に飛び込んでいく。彼の重い拳は、吸血鬼の鳩尾に命中した。 「ぐっ……!」  くぐもった声を上げた吸血鬼の身体は、気流を乱しながら勢い良く後方に吹き飛んでいく。そのまま転ぶかに思われたが、吸血鬼は地面に食い込ませた足でスピードを()なし、何とか押し止まった。 「心配しなくても、手前(てめえ)の取り分も残しといてやるよ」  何を勘違いしたのだろうか。吸血鬼は苦しそうにうずくまりながらも、未だ余裕綽々の笑みを浮かべている。 「それを決めるのはお前じゃない」  ふらふらと立ち上がった吸血鬼に、響介は鋭い眼差しを向ける。一瞬考える素振りを見せた後、吸血鬼は挑発的な笑みを浮かべた。 「あぁ、なるほど。お前があの有名な同族殺しか」 「人聞きが悪いな。俺は誰も殺してなどいない」  響介は眉間の皺を深め、非常に不服そうな表情を見せる。 「意味は変わんねえよ。お前の存在のせいで、俺たち一族は崩壊したんだから」  吸血鬼が地面を蹴り上げて、響介に詰め寄った。懐から取り出したナイフで太腿を切りつけられ、響介は僅かに苦悶の表情を浮かべる。しかし彼は、切られた方の右足で臆せず相手の顔に蹴りを入れた。そして、反動で浮き上がった身体をくるりと回転させてその場に着地する。吸血鬼の身体は地面を転がると、大木にぶち当たって動きを止めた。 「大人しく引き下がるなら殺さない。今すぐにここから立ち去れ」  響介の言葉を聞きながら、吸血鬼は忙しなく肩を上下させ、傷口から滴る血を拭う。暗がりでわかりづらいが、その瞳は業火のような激しい屈辱に塗れていた。 「ふっ、止めだ止めだ。面白くねえ」  嘲笑を溢した吸血鬼は、どうにかと言った様子で立ち上がると、誰から見ても明らかな虚勢を張って見せた。 「気を付けるんだな。そいつの噂はもう一族に広まってるぜ。また近いうちに他の奴らが来るだろうよ」  そう言い残すと、吸血鬼は身を翻して夜の闇の中に消えて行った。 「大丈夫!?」  緊迫した空気が無くなったのを感じた瞬間、ちあきは慌てて響介に駆け寄った。 「このくらい何ともない」  彼は不機嫌そうに言うが、こちらは気が気じゃない。彼の傷を押さえようと、ちあきはハンカチを取り出した。しかし、先ほど出来たはずの傷は何処にも見当たらない。 「どういうこと……?」  当惑して固まった手を、響介が乱雑に掴んだ。思わず身がびくりと震える。響介は酷く顔をしかめたまま、何処か呆れた様子で彼女の手を解放した。 「手当てはいらない。それより何故一人でいるんだ。狙われていると知っているだろう」 「……ごめんなさい」  自分でも迂闊だったとは思う。しかし、無意識のうちに足が動いていたのだ。  ちあきはいじけた様子で立ち上がると、気持ちを抑え込むようにハンカチを強く握りしめた。 「あ、そうだ!」  大事なことを思い出し、ちあきはパッと顔を上げる。 「この前、海で溺れたところを助けてくれたんだよね?」 「それが何だ」  苛々とした様子で腕を組んだ響介は、ふいっと顔を背けてしまう。その態度に胸がちくりと痛んだが、この際言いたいことが伝わればそれでいい。 「あの、本当にありがとう。私あの時死んじゃうんじゃないかって、思って……」  開いた口は何故か徐々に震えていく。ちあきの声色が変わったことで、響介は横目で彼女の顔を覗き見た。 「今も、あんなことになるなんて思わなくて……」  頬を冷たいものが伝う。彼女自身も気づかぬうちに、目から大量の涙が溢れ出ていた。戸惑いながら浴衣の袖で顔を拭う。どうも力を入れすぎたらしい。擦ったところに涙が染みて、ひりひりとした痛みが襲った。 「でも、自業自得だよね! だから、その……っ!」  とにかく何かを言わなければと、ちあきは一生懸命言葉を紡ぐ。響介の大きな溜息にさらに焦りが増し、ひゅんと心臓が縮む。しかし次の瞬間、手首を引っ張られた彼女は、彼の胸の中にふわりと収まっていた。一瞬何が起こったかわからず、ちあきは呆然とする。 「次からは気を付けろ」  無骨な手が、ちあきの頭を撫でている。まるで壊れ物に触れるように、そっと優しく。 「……うん」  触れた肌から伝わる温もりに、ちあきは目を細めた。強ばっていた心が、ゆっくりと溶けていくのが分かる。  いつもは憎まれ口ばかり叩く癖に。  安心するとともに、この熱を受け入れたくないという反抗的な気持ちが芽生える。それでも尚、この温かさを拒むことは出来なかった。  数秒後。どちらからともなく身を離すと、響介は無愛想な顔で口を開いた。 「それで、何処に行くつもりだったんだ」 「え?」 「こんな所に用なんてないだろ」  何故そんなことを聞くのだろう。ちあきは首を傾げながら答えた。 「丘の上に行こうとしてたの」 「わかった」  淡々とした返事の後、響介は丘に続く道に向かって歩き始めた。 「あの」 「送って行く。また何処かで狙われたら意味が無いからな」  ちあきは呆気に取られた。まさか、この男からそんな言葉が出るなんて。 「あっ、そう言えばお礼は?」  彼女の言葉に、響介の動きはぴたりと止まる。少しの沈黙の後、彼は再び口を開いた。 「また今度でいい」  どういう風の吹きまわしだろう。ちあきは混乱しながら響介の後を追った。  何も喋らず歩いているうちに先ほどの出来事が整理され、脳裏に敵の言葉がよみがえる。彼のせいで同族の吸血鬼が死んだ。それは一体どういう意味なのだろう。  純粋な疑問から開いた口を、ちあきはすぐに閉ざした。無闇やたらと彼らの事情に首を突っ込むべきではない。彼の後ろ姿を見て、その考えはさらに強まる。いつもと変わらないしゃんとした背中には、何処と無く悲哀の色が滲んでいる気がした。まるで触れるなと言われているようで、ちあきは切なく感じて目を伏せた。 「あぁっ、ちあき! 何で先に行ってないのよ!」  丘の上に行くと、不満たらたらの様子で沙月が喚いた。他に人はいないため、彼女の大声は辺り一帯によく響いている。 「ごめん……」 「全くもう、ってあれ?」  ちあきの隣にいる響介を見ると、沙月は目を丸くした。 「海でちあきを助けてくれた人だ!」  不躾に響介を指さすと、ちあきに「何で何で?」と状況の説明を求めてくる。 「えっと、その、いろいろあって……」 「迷子になっていたのを助けただけだ」  上手く説明できないちあきに業を煮やしたのか、響介は遮るように言い放つ。 「やだ、十六にもなって迷子!? もう、本当にありがとうございました! 二度もお世話になっちゃってすみません。彼女さんと楽しんでいる所、お邪魔でしたよね!」  沙月の口調はまるで母親のようだ。へこへこと何度も頭を下げ、ちあきの代わりに謝っている様は若干わざとらしい。 「あれは恋人じゃない」 「え?」 「だから別に気を遣わなくていい」 「あっ、それは、えっと……」  思いもよらない返答に、沙月はどもってしまう。狼狽える彼女の横で、ちあきは静かに口を開いた。 「恋人じゃないのに、あんなにベタベタ触らせるの?」 「ちあき?」  俯いたまま震えている彼女を、沙月は不安そうに見つめる。 「どんな人でも抱きしめるの?」  刺々しいちあきの言い方に、響介は顔を歪めた。 「だったら何だ」  その開き直ったような態度に、ちあきは我慢の限界を迎えた。赤く泣き腫らした目で睨みつけ、躊躇せず彼の頬に平手を打ち付ける。鋭く乾いた音はスローモーションのように切り取られ、静まり返った空間に小さく反響した。 「ちょっと、ちあき!?」  突然のことに、沙月は戸惑いを隠せない様子で問いかける。しかし彼女の猛攻は止まらない。 「私は、そういう適当な人が大嫌いなの!」  そう言い捨てると、ちあきは一目散に下り坂に向かった。 「えっ!? ちょっと待ってよ!」  沙月にしてみれば、まるで訳が分からないだろう。二人の間で視線を彷徨わせた沙月は、悩んだ末に慌ててちあきを追いかけて行った。  丘の上を涼しい風が吹き抜け、草木がざあざあと音を立てる。その場に一人残された響介は、叩かれた頬にそっと触れた。痛みはさほど無い。それなのに自分を睨みつけるちあきの顔が頭から離れなかった。じりじりと胸を焦がす思いは、あの夜に感じた遣る瀬無さに似ている。  この気持ちはどうすれば収まる。どうすれば消えてくれる。  響介はその答えを求めるように、二人の去った後を呆然と見つめた。立ち尽くす彼の背後で、大きな花火が打ち上がった。
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