7 問題発生

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7 問題発生

 九月に入り、日暮れ高校は二学期が始まった。 「ちあき、学校行こー!」 「待って、今行く!」  玄関から自分を呼ぶ沙月の声に、ちあきは焦りを滲ませて答える。お察しの通り、彼女は登校初日からものの見事に寝坊してしまった。高校生にもなって何たる様だろう。  ちあきは駄目な自分にうんざりしながら、迎えに来てくれた幼馴染たちを待たせぬよう大急ぎで駆け回る。その忙しない音は、下階にいる二人のもとまでよく響いていた。  階段の先を覗き見た沙月が、不思議そうに呟く。 「珍しいわね、ちあきが準備出来てないなんて」 「……そうだね」  それに対して、宙は心ここにあらずといった表情で頷いた。 「宙……?」  その様子に異変を感じたらしく、沙月は彼の気持ちを探るように表情を窺い見る。しかし彼女が何か言おうと開いた口は、高速で階段を駆け降りてくる音により遮られた。 「ごめん、お待たせ!」  身支度を整えたちあきが、息を切らせてやってきた。沙月は彼女にパッと視線を移す。 「大丈夫、まだ余裕あるし」  そう言われるも、ちあきは急ぐことをやめない。つんのめりそうになりながら靴を履いていると、リビングの方から母親の声が飛んできた。 「ちあき、ご飯はー?」 「時間ないからいい! 行ってきます!」  余裕のない声で告げたちあきは、沙月たちと家を後にした。  残暑に耐えて登校すると、ちあきは雪崩れ込むようにして自分の机に突っ伏した。暦の上ではもう秋だと言うのに、朝から汗が止まらない。 「何でこんなに暑いのよ……」 「もう少しの辛抱よ。はい」  見兼ねた沙月が、鞄からチョコ味の携帯食を取り出し、ちあきの眼前に突き付ける。 「ご飯食べないと身が持たないよ」 「ありがとう……」  友人の気遣いに感動しながら、ちあきは携帯食を受け取った。包装を剥いで茶色のクッキーバーにかぶり付く。口に広がる優しい甘みは、じんわりと身体の疲れを拭い去って行くようだった。 「ちあきーっ!」  彼女が幸せに浸っていると、そこに一人のクラスメイトがやって来た。 「沙月もおはよう! 久しぶりだね!」  ポニーテールを揺らしながら挨拶してきたのは、和田南という少女だ。ちあきたちと中学から一緒で、ずっと同じクラスだったため、それなりに見知った間柄である。 「久しぶり! そんなに慌ててどうかしたの?」 「ちょっと聞きたいことがあってさ!」  ちあきの問いに、南はぐいっと顔を近づけてくる。 「ちあき、この前一緒にいたイケメンは誰なの!?」 「はっ? イケメン?」  とぼけた顔をするちあきに、南は「もーっ」と口を尖らせる。 「登校日に学校の近くで話してたでしょ! 黒い服を着た背の高い人よ!」  南の言葉を聞いて、ちあきの顔から血の気が引いていく。 「な、何でそれを……」 「帰り際に偶然見たの。何話してたか知らないけど、すごい仲良さそうだったじゃん!」  南は興奮した様子で語る。一体どの辺が仲良さそうに見えたのだろう。ちあきは信じられないという面持ちで南を見つめた。  それはさておき、話の内容は聞かれていないようだ。ちあきは胸を撫で下ろすと、気を取り直して話を続けた。 「まあ話してたけど、それがどうしたの?」  南は表情を明るくすると、ちあきの両手をパッと包み込むように取った。 「あのね、良かったらでいいんだけど、あの人に会わせてほしいの!」 「……何で?」  南の意図がさっぱりわからず、ちあきは首を傾げた。傍らに立つ沙月は、ハラハラとその様子を見守っている。響介の話が出るなんて、ましてや会わせて欲しいだなんて予想外だったのだろう。  南は二人の異変に微塵も気づかず、全くもって長閑(のどか)な調子で話を続ける。 「実はさあ、友だちと合コンしようって話になって。フリーの男の人を探してるのよ。だけど全然見つからないし、友だちはイケメンが良いってごねるし困ってたわけ」  なるほど、一体何の用かと思った。それなら少し納得である。 「そしたら、ちあきが物凄いイケメンと喋ってたからチャンスだって思ってさ! あっ、ていうか今その人フリー?」 「そうだと思うけど」  この前あれだけ叱ったのだ。まだ爛れた人間関係を続けているようでは困る。ちあきは願望も込めて答えた。 「そしたらお願い! ちょっと聞いてみてくれないかな?」 「だ、だめっ!」   困り顔で懇願する南に、ちあきは思わず腰を浮かせる。彼女の大きな声にびくりと跳ね上がると、南は戸惑った様子で口を開いた。 「もしかして好きな人はいる感じなの? それなら……」 「そう、ではないけど……」  困惑したちあきは、ぽてんと力無い様子で席に座り直した。どうして南の頼みを断ってしまったのだろう。合コンに出るからといって、必ずしも恋人を作るとは限らない。まずもって、頼み自体を拒否する可能性もあるのに。  ちあきは自分の謎めいた行動を解明しようと、必死に情報を手繰り寄せる。  そもそもあの男は吸血鬼だ。大切な友人においそれと会わせる訳にはいかない。加えてこちらから恋人探しの場に誘うだなんて、この前の説教に矛盾が生じてしまう。きっとそうだ。それ以上何もない。  まだ少しわだかまりを感じたものの、ちあきは気づかなかったことにして無理矢理自分を説き伏せた。そして、適当な理由を付けて断ろうと口を開く。すると、彼女が物言う前に南はハッとした表情になった。 「ごめん、ちあきが気になってる感じだったのね。悪いことしたわ……」 「えっ?」  南は盛大に勘違いをしているようだが、まあ結果オーライだろう。どう切り抜けようかと身構えていたちあきは、ふっと肩の力を抜いた。しかし、南の猛攻は終わらない。 「じゃあじゃあ、その人の知り合いにイケメンいない!?」 「はっ!?」 「イケメンの友だちはだいたいイケメンでしょ! ちょっとだけ聞いてみてくれない?」  何という超理論だろう。南の必死さに驚き、ちあきの動きが止まる。 「お願い! もう当日がすぐそこなの!」  微かに涙を浮かべ手を握ってくる南に、ちあきの心は締め付けられた。合コンのメンバーを集めるという傍目から見れば下らない用件でも、彼女にとっては重要案件かもしれない。友人の期待を背負っているなら尚更だ。 「……わかった、聞くだけ聞いてみる」 「ありがとう!」  南は大喜びでちあきに抱き着いた。  これで良かったのだ。あの男と南を直接会わせる訳でもないのだから、危険はないだろう。きっと、いや、たぶん大丈夫。耳元で何度も繰り返される感謝の言葉を聞きながら、ちあきは心の中で自分の選択を正当化した。 「……ちあき」 「わかってるよ」  沙月の呆れたような視線が突き刺さり、ちあきは決まり悪そうに顔を逸らした。    その日の放課後。ちあきと沙月は、学校近くにある土手を訪れていた。コンクリートで出来た幅広の橋が川向かいに伸び、彼女たちの立つ川岸の草原に大きな影を作っている。人目を避けるには打ってつけの場所だ。 「響介!」  周りに人がいないことを確認すると、ちあきは大声で彼の名前を呼んだ。  橋の下を一陣の風が通り抜け、固く目を閉じる。音が止み二人が目を開けると、響介は少し離れた真正面に立っていた。 「久しぶり」  響介はちあきの挨拶に答えず、周りをちらちらと確認する。敵らしい姿が見えず、いつもと違うことを察知したのか、彼は眉根を寄せた。 「何か用か」  まるで何もないなら呼びつけるなと言わんばかりだ。相変わらずの横柄な態度に、ちあきの心はわずかに苛立った。 「ちょっとお願いがあるんだけど」  彼女は心の中で我慢の二文字を唱えながら、用件を切り出した。 「あんた、知り合いに顔の良い独り身の人とかいない?」 「……は?」  響介はさらに顔をしかめる。想定通りの反応だ。ちあきはプライドを押し殺しながら、冷静に続けた。 「友達に頼まれたの。イケメンを探してるんだって」  そう言うと、場が一気にしんと静まり返った。気になって彼の顔をちらりと覗く。響介は訳がわからないと言いたげな表情を浮かべていた。無理もないが、返事くらいしてくれても良いじゃないか。  ちあきの苛々が徐々に増してきたところで、響介は静かに目を伏せた。 「そんな奴はいない」 「……そっか」  響介の憂いを帯びた顔を見て、ちあきの頭に一つの可能性が浮かぶ。まさか友だち以前に、知り合いと呼べる人間もいないのではないだろうか。  失礼極まりないが、彼の自分勝手な態度からは容易に想像がつく。何だか悪いことをしてしまっただろうか。  そんなことを思いながら顔を上げると、何だか彼の様子に違和感を覚えた。日影にいるからだろうか。響介の顔がいつもより青白く見える気がした。 「ねえ、もしかして体調悪い?」 「……何ともない」  いつも以上にぶっきらぼうな態度が気になり、ちあきは響介の方へと歩を進めた。 「ちあき?」  心配そうに呼びかけてくる沙月に答えもせず、ちあきは響介の頬にそっと手を伸ばす。 「何のつもりだ」  彼の言葉を無視して、じっと観察する。元々色白なようだが、自分の手と比べるとあまりにも不健康そうだ。どうやら見間違いではなかったらしい。 「やっぱり顔色が悪いよ。どこかで休んだ方が……」  念を押すように見つめるちあきの手を、響介は軽く振り払った。 「構うな。大したことじゃない」  ちあきを睨みつける目にも普段の鋭さはない。どちらかと言えば、苦痛を必死に耐えているような様子だった。 「でも」  引き下がらないちあきを避けるように、彼が一歩後退したその時。響介の膝がガクンと折れ、途端に身体が沈んだ。 「あっ!」  瞬間的に手を伸ばし、ちあきは響介の背中を受け止めることに成功した。とはいえ、彼女の腕力では、頭一つ分以上大きい男を持ち上げるなんて出来る訳がない。重みに耐えきれず、ちあきはずるずると地面に座り込んだ。響介の体は、ちあきの膝に頭を預け、仰向けの状態で地面に横たわった。 「ちあき、大丈夫!?」 「私は大丈夫だけど……」  慌てて駆け寄って来た沙月とともに、響介の顔を覗き込む。肌には尋常じゃない量の汗が滲み、激しい苦悶の表情が浮かんでいた。やっとの様子で呼吸をしている姿は、見ているだけで心が痛くなる。 「もしかして熱中症? ちょっと飲み物買ってくるよ」  沙月はシャツのボタンを少し開けるように言うと、土手を駆け上がって行った。さすが元運動部、こういう時の対応は手慣れている。  ちあきは礼を告げて彼女を見送ると、言われた通り響介のシャツのボタンに手を掛けた。一つ二つと外していく度に、汗ばんだ胸板が露わになる。そこには無数の銃創や切り傷が浮かんでいた。薄くはなっているものの、その痛ましさに変わりはない。ちあきは思わず手を止めてしまった。全く想像が出来なかった訳ではない。けれど、いざ目の当たりにすると、感じた怖気を隠すことは不可能だった。  とにかく今は、彼の回復のことを考えなくては。ちあきは拳にぐっと力を入れて、何とか気持ちを落ち着かせた。  ハンカチで甲斐甲斐しく汗を拭い、少しでも涼しくなるように彼の身体を手で仰ぐ。  心なしか彼の表情は和らいだように見える。ちあきが一安心していると、近くでパキンと小枝の折れる音がした。 「誰っ!?」  ちあきは反射的に顔を上げる。すると、コンクリートで出来た太い柱の影から、気味の悪い笑顔を浮かべた男が姿を現した。容姿はどこにでもいる平凡な若者だ。しかし、彼の口からは普通の人間にはない鋭い歯が覗いていた。こんな時に現れるなんて。 「ははっ、そいつが倒れるなんてツイてるなあ」  男はちあきの怯えた様子を楽しむように、笑みを深めてにじり寄って来る。 「悪いことは言わない。命が惜しかったら大人しく血を差し出しな」  ちあきは男を注視しながら、響介を庇うように抱え込んだ。無駄だと思いながらも、そのまま足をずって距離を取ろうと試みる。 「さあ、寄越しな……!」  目の前に迫った男が、ちあきに向けて禍々しい手を伸ばす。彼女が恐怖から目を瞑ったその時だった。 「ぎゃっ!」  男が途端に大きな悲鳴を上げた。今の一瞬で何が起こったのだろう。状況の変化に戸惑いながら、ちあきは恐る恐る片目を開けた。 「……ナイフ?」  一体どこから飛んできたのだろうか。男の腕には小さな短刀が突き刺さっており、苦しそうに地面をのたうち回っている。 「ちょっと、汚い手で触らないでくれる?」  ふいに刺々しいテノールの声が耳に入る。声のした方を見ると、そこには細身の小綺麗な人間が立っていた。声からして男なのだろう。しかし、美しい長髪を一つに束ねた姿は、何処か女性的な雰囲気を感じた。 「くそっ、お前何で……!」  男に刺さっているものと同じ短刀を扇状に広げると、彼は顔の前で構えた。 「あら、そういう趣味なのかしら。もっと投げてあげましょうか?」  短刀を持つ男の目が細まり、手負いの男は慌てて立ち上がる。 「くそっ、覚えてろよ……!」  男は捨て台詞を吐くと、腕を押さえながら逃走していった。通った所に点々と血の跡が残る。それは彼の傷の深さを物語っていた。 「……あの」  短刀を投げたであろう本人を見る。すると、男はちあきにじろりと視線を差し向けた。  まさかこの人も敵なのだろうか。ちあきは響介を抱きしめると、わずかに身構えた。 「女の子に守られるなんて。情けないわね、響介」 「え?」  男は短刀を仕舞うと、響介の前で屈んだ。 「ちょっと起きなさいよ!」  怒り声を上げながら、容赦なく彼の太腿を平手で叩く。すると、一瞬だけ顔をしかめた後、響介はほんの少しだけ目を開けた。 「……か、や?」 「何だ、生きてるじゃない」  虚ろな目で見つめる響介に、男はしれっと言ってのけた。 「あの、響介の知り合い……ですか?」  怖々と尋ねるちあきに、男はニコリと笑った。 「そうよ、夏出(なつで)佳哉(かや)って言うの。よろしくね」 「緋寄ちあきです。よろしくお願いします……」 「礼儀正しくていい子ねえ」  ちあきがお辞儀をすると、佳哉はさらに顔を綻ばせた。 「危ないことに巻き込んでごめんなさいね」 「いえ、その、大丈夫です」  佳哉は申し訳なさそうな顔で、ちあきの頭を優しく撫でる。何だか母親のような安心感を覚える人だ。先ほどまで激しく暴れていた彼女の心臓は、佳哉の笑顔と温もりによって徐々に落ち着きを取り戻していった。 「ところで、響介は一体どうしたの?」 「それが、急に倒れてしまって……」  狼狽したまま告げると、佳哉はさっと響介の額に手を当てた。 「熱はなさそうね。響介、あんた最近ちゃんとご飯食べた?」 「……関係ないだろ」  響介は、苦しそうに肩を上下させながら言い放つ。 「なるほど」  佳哉は自らの腕を捲ると、ずいっと響介の顔の前に差し出した。 「ほら、飲んどきなさい」 「いい」 「良くないでしょ」  押し付けても口を開かない響介に業を煮やしたのか、佳哉はほんの数センチだけ、自分の腕をナイフで切った。傷口からじわりと血が滲み出てくる。 「響介の口、開かせてくれる?」 「え? あっ、はい」  ちあきはそろそろと響介の顔に手を触れる。躊躇いながら彼の顎を掴むと、抵抗もなく口が開いた。今のうちにと佳哉は彼の口に腕を押し付ける。最初は不機嫌そうにしていた響介だったが、次第に諦めた様子に変わり、大人しく佳哉の血を飲み始めた。 「あの……」 「気にしないで、貴女のせいじゃないから。ただの栄養失調よ」  おずおずとしたちあきの態度で悟ったのか、佳哉は優しく告げる。 「全く、倒れるまで何やってたのよ」  呆れた表情から溢れた佳哉の溜息に、ちあきはハッとなる。  体調不良の原因は栄養失調。つまり彼がしばらくの間、食糧である血を摂取していなかったということだ。それは、彼が周りの人間と縁を切ったという事実を示している。  身辺整理をけしかけたのは他ならぬ自分だ。下手をすれば彼は死んでいたかもしれない。故意でなかったにしても許されることではないだろう。自責の念が雪崩の如く押し寄せ、ちあきは唇を噛み締めた。 「お待たせーっ! ごめんね、自販機が意外と遠くて!」  その時、ようやく沙月が戻って来た。小走りで近づいて来る彼女の腕には、数本のスポーツドリンクが抱えられている。  近くに来てからやっと異変に気が付いたらしい。その場で急停止すると、沙月は慌てふためきながらちあきに問うた。 「えっ、何!? これどういう状況?」 「お友だち?」 「……はい」  全く、沙月は落ち着きが無くていけない。佳哉の質問に、ちあきは顔を赤らめながら答えた。  そんな気持ちも露知らず。沙月は佳哉を避けるように、少し迂回しながらちあきの背後にやって来た。 「ちあき、そちらの方は……?」  野生動物のような警戒を見せる彼女に、ちあきは内心笑いそうになりながら答える。 「佳哉さんって言って、響介の友だちなんだって」 「友だちって言うと怒られるんだけどね」  佳哉が少し寂しそうに呟く。笑ってはいるものの、その顔には何処か憂いが見え隠れしていた。 「……ただの腐れ縁だ」  すると、響介が佳哉の腕を押しのけて身を起こした。立ち上がろうとする彼を見て、佳哉は心配そうに尋ねる。 「もう大丈夫なの?」 「あぁ、助かった」  ちあきはホッと胸を撫で下ろした。完治とまで行かないが、響介の顔色は先ほどよりだいぶマシになっている。 「ところで、何でお前がいるんだ?」  彼に酷く鬱陶しそうな視線を向けられるも、佳哉は満面の笑みを崩さない。 「ご執心の女の子がいるって聞いてね。気になって様子を見に来たのよ」  佳哉は傷口にハンカチを結びつけながら、さも楽しそうに答える。自分の嫌味が全く効いていないとわかったのか、響介は急に気怠そうになった。 「ちょっと挨拶して帰ろうかと思ったらこれだもの。血を吸わないなら吸わないで、ちゃんとご飯を食べなさい!」  佳哉は腰に手を当てると、大仰に文句を並べた。しかし、響介は彼の怒りを煽るようにわざとらしく顔を背けた。 「こらっ! 話を聞けっ!」 「あの」  ご立腹の佳哉に気後れしつつも、ちあきは発言権を求めて挙手をする。 「どうしたの?」  呆然とした彼女の表情に、佳哉はころっと鬼の形相を引っ込めて首を傾げる。どうしたの? は、こっちの台詞だ。 「吸血鬼って、血だけで生きてるんじゃないんですか……?」  ちあきの言葉に佳哉は凍り付いた。すぐさま視線を滑らせ、響介をぎっと睨みつける。 「ちょっと! あんた、あの子に何も言ってないの!?」 「聞かれなかったから」 「またあんたはそうやってーっ!」  胸倉を掴んでガシガシと揺さぶられるも、響介の能面は変わらない。佳哉は額を押さえながら頭を振ると、深い溜息を落としてからちあきに向き直った。 「えっと、ちあきって言ったわね? ごめんなさい、こいつ適当で」 「いえ……」  もう充分わかっていますので、とは口が裂けても言えない。 「貴女のことは一族の中で有名になってるわ。一部の危ない奴らに狙われてるんですってね。こいつが勝手に騎士(ナイト)を気取って敵を追い払っているみたいだけど、貴女自身も知っておいたほうが良いと思うの。私たちのことはどこまで知ってる?」  ちあきは顎に手を当てると、明後日の方向を見つめてしばらく考えた。 「ほとんど何も」  事態は佳哉の想像を絶していたようだ。彼はぷつんと糸が切れたように項垂れたが、数秒もしないうちにシャキリと起き上がった。 「わかったわ。ぐうたらなこいつの代わりに、私が何でも教えてあげる!」  得意げに笑う佳哉を見て、ちあきの鼓動は速まっていく。彼らの事情に足を踏み入れたら危険だ。頭ではそうわかっているのに、何故だか聞きたいと思う自分がいる。  止められない好奇心に誘われ、ちあきは唾を飲み込んだ。
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