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「今ここで言うべき事ではありませんよ大久保君。少しは落ち着きなさい」
「そうよー今時ヤクザはスマートにスマイリーに生きなきゃダメよ。これから俺達の親分になってもらう人に変な観念を植え付けちゃあ纏まる話も纏まらない。組長がいない組なんて倒産しかけの中小企業より怖いじゃない」
矢部と瀧口は物騒な事を言う大久保をちらりと見て釘を差す。
ぺたんと床に手を付いた速水はあわわ…と呻きながら後ずさる。
何回も洗って着古したジャージには染みや洗い落とせない泥が付いていた。
本人抜きで男達は勝手な話を広げ、本人はその話を聞いてびびる。
「大体、親父さんが悪い。ぽっくり逝く前に隠し子がいるなんて言うからややこしくなるんじゃないか。一番許せねえのは隠し子ってったらこう若くて可憐でとか思うだろ?なんで東北なまりの田舎のおっさんなんだ!」
「80歳で天寿を全うされましたからね、息子さんが42歳でも道理ですよ。変に女性だと煩い婿殿がもれなくついてくるなどと泥沼化現象になるというのが〇曜サスペンス劇場によくある定石です」
「見てんのかよ!」
「唯一の娯楽ですから」
「矢部ちゃん昼ドラも好きだよね」
「あの」
勝手に話を進める男達に頭がついて行かない。
速水はひと月前までただの専業農家だった。
父は早くに亡くなったと聞いていたし、母も去年の夏に逝った。
子供は一人、妻は子供を産んでそのまま帰らぬ人となった。
平凡で力持ちだが気は優しいそんじょそこらの男。
それが速水勇次であり、それ以外になにもない。
しかしこの三人組が現れてから速水は世界が変わった。
亡くなったと思っていた父は極道の組長で 跡継ぎになれとせまる。
そのせまり方がまた上手い。
アッパー、エルボー、軽いフットワークをこちらが上手くかわしたと思うと不意をつかれて、重い右ストレートを叩きこまれる。
個性も性格もバラバラな三人があれやこれやと自分の特技を生かして一般人の速水に交渉したのだ。
負けるに決まっている。
だがやはり速水自身はただの気のいいおじさんなのだ。
「オラ…親父の跡継ぎなら仕方ないと思ったがやっぱり無理だよ。気は弱いし騙されてばっかだし嘘をつかない事が唯一の取り柄で、頭だって高校だけしかでとらんし、力はあっでも人を殴るよな事はできねっす。」
しゅん、とうなだれた中年男。
気まずい雰囲気が流れる。
時計は無情に時間を進める。
後、15分
組長と幹部達の初顔合わせはせまっている。
勿論組を我が物にしようと企む狸もいる。
三人共に、速水の父親を慕っていた。
だからここまできてハイエナのような奴に組をとられてたまるかとだれもが思っている。
三人の視線が絡み合った。
普段は仲が悪い悪人共だ、利益と損益を第一に考える。
ここまで来たなら一蓮托生だ、と目線で解りあった。
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