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勇者は
『ユウト様、ここがレッカーンのいる城です』
久しぶりに出てきたイカルンに、道木は「今まで何してたんだよ」とぼやいた。
『城の最上階にレッカーンはいるはずです。奴を倒すための武器を用意しました。どうか受け取ってください』
イカルンは金色に輝く剣を渡してきた。
『これはわたしたち妖精族に伝わる光の石で作った黄金の剣です。これを使えばきっとレッカーンを倒せることでしょう』
どうやらこれのために今まで登場しなかったらしい。そう思うと許す気持ちにもなれる。
『わたしはこれ以上城に近づけません。ですので、皆様が無事に戻って来れるようにここで祈っています」
「そりゃどーも。それじゃ、突撃しますか」
城内は今までの集大成のような複雑なダンジョンで、しかも手下の数が多く、どこを歩いても遭遇してしまう。しかし、黄金の剣のお陰で、少し強めの罵言を乗せれば簡単に倒せた。
「いいねぇ、黄金の剣」
順調に手下を倒し城内を上がっていくと、今までと雰囲気の違うフロアに辿り着いた。ここが最上階だということは言われなくても明らかだ。
『ココマデ辿リ着イタノカ』
今まで出てきたどの敵よりも大きく黒いその姿は、魔王と呼ぶのに相応しい。
『ソノ強サハ誉メテヤロウ。モシ私ノ部下ニナルノナラ今マデノコトハ許シテヤルガ。ドウダ?』
「誰がなるかよ、ばーか」
『ナルホド。デハ、死ンデモラウ』
戦闘が始まった。ラスボスだけあってかなり強い。いつもなら再戦を前提に相手の弱点を探るところだが、今日は無性に全力で戦いたい気分だった。
「おい魔王。さっさとくたばれよ!」
『ドウシタ、勇者ヨ。オ前ノ実力ハソンナモノカ』
「はあ?」
戦闘中に会話が発生するなんて初めてだ。
『所詮ハ人間。ワタシノ前デハ無力デ無意味ナ存在ナノダ』
「この野郎っ」
『ハハハ、愉快愉快。弱者ハ弱者ラシク虫ケラノヨウニ惨メニ散レ!』
会心の一撃を繰り出され、全員の体力が大幅に削られる。道木は捨て身の覚悟で攻撃した。
「何が弱者だ。馬鹿みたいに偉そうにしやがって。肩書きが立派でも中身がなけりゃそれこそ無意味だっての! つーか、報告書確認してないってなんだよ! お前は何を見てた? お前の目はなんのために二つもある? 使えねぇなら捨てろ!」
まだ体力は保てている。ここで引くわけにはいかない。
「男には強く当たって女には鼻の下伸ばしてデレデレしやがって。お前の脳みそは下半身についてるのか? それとも鶏より小さいのか? それだったら理解できるわ。けど、そんな上司は迷惑だからさっさと辞めてくれ。それが出来ないならせめて置物みたいに大人しくしてろ。お前の代わりに招き猫を置いてる方がよっぽどご利益あるわ!」
レッカーンからの攻撃は変わらず続いているが、ダメージはほとんど受けていない。今かもしれない。
「っていうかいっそのことポックリ逝ってくれ! 会社のためにも俺のためにも! そしたら万事解決だ! さっさと死ねぇぇ!」
『ウオオオ! ソンナ、マサカ、コノ私ガ……!』
レッカーンはまるで花火のように四方に爆発してしまった。
「や、やった、ボスを倒した、クリアしたぞ!」
いつの間にか汗で背中がびっしょりと濡れていたが、達成感に体が支配されているせいか、全く不快ではない。倒したのはレッカーンだが、岩下を思い切り殴り倒せたような感覚を味わえて、実に爽快だった。
『やりましたね、ユウト様! あなたのお陰でこの国は平和を取り戻せました!』
イカルンが両手を上げて嬉しそうに飛び回っている。
『これから先、国民はあなたの活躍を語り継ぎます。そのために今までの雄姿は全て記録しました。是非、ご覧ください!』
突然画面が暗くなったかと思うと、急に何かが映り込んだ。今までのゲームの世界ではない。もっとリアルで長年見慣れているものだ。
「これ、俺か?」
そこには道木の顔があった。
『なるほど、これはチュートリアルか』
どこかで聞いたことのある台詞。
『叫ぶ? どこに?』
『コ、コノヤロー!』
それはこのゲームを始めたばかりの自分だった。そこからはプレイをする姿が延々と流れ続けた。
『雑魚が』
『どっか行け』
『口を開けば安くしろとか仕事が遅いとか好き勝手言いやがってよぉ! お前のワンパターンの言葉を臭い口から聞かされるこっちの身にもなれよ』
敵に向かって罵詈雑言を吐き続ける自分。口はにちゃりと歪み、鼻の穴を膨らませ、目は異様につり上がっている。
「これが、俺?」
『いかがですか、冒険中のご自分の姿は。情けない? それとも恥ずかしい?』
「なんだ、これは」
『このゲームは、怒りの感情を自分の力でコントロールするために作られたものです。何に対して怒るのか、どれほどの頻度で怒るのか、そのとき自分はどうなるのか。それらを知れば自ずと答えは見えてきます。専門家に教えを乞うのも良いですが、こんな風に客観的に自分の姿を見るのが一番効果的なんですよ。だって百聞は一見にしかずっていうでしょ』
そう言うとイカルンは悪びれる様子もなく笑顔で手を振り、画面の奥へと消えていった。
数分前の達成感は跡形もなく消え、背中はすっかり冷えている。
手元の小さな画面の中には、ニヤニヤと笑いながら汚い言葉を浴びせている自分が映っている。その顔は今まで倒してきたどの敵よりも醜く恐ろしいものだった。
あまりの出来事に何も出来ずただひたすら画面を見つめていると、突然携帯が鳴った。知らない番号だったが、応答ボタンを押した。
「はい」
『道木さんの携帯ですか? 初めまして。花元といいます。兄がお世話になってます」
「花元の、弟」
『そうです。そろそろゲームをクリアする頃かと思い、兄から番号を聞いて連絡させてもらいました』
「ゲーム……」
『その様子だとクリアされたようですね。ありがとうございます。ゲームでも説明されたと思いますが、これは今流行りのアンガーマネジメントを手軽に行うことが目的なんです。日常的に怒りやすい人が対象なんですが、なかなかテストプレイをしてくれる方が見つからなくて。道木さんには本当に感謝しています。で、早速ですがプレイした感想はいかがでしたか?』
目の前には相変わらず化け物のような自分の顔が垂れ流されている。
ーーアンガーマネジメント? 感想? 騙し打ちみたいなことしておいて?
道木の腹の奥がぐらぐらと熱くなる。
「だとしたら、作り直した方がいい」
『え?』
道木はゲーム機を壁に向かって思い切り叩きつけた。画面は粉々に割れ、三つの操作ボタンは吹き飛んだ。
『ちょっと、今の音は……!』
「だって全然コントロールもマネジメントもできてねぇもん」
飛び散った画面の破片は光に反射し、黄金の剣のように輝いていた。
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