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終章
急いで故郷へ戻った私は、不思議噺として記述したウズメの木を世に広めてはならないと考えた。
もしも、あれを目にした誰かが、あのウズメの木と呼ばれる巨木の元に死体を埋めようものなら、恐ろしいことが待っている。
そして、それはきっと誰にも止められないだろう。
材木商を営む父の顔を立てるように、店主が渋々店先に置いてくれた私の著書・不思議噺は、それほどの売れ行きではなかったが、数冊はすでに誰かが手に取っていったあとだった。
だが、その内の数人は、店主が珍しい客もいるものだと覚えていてくれたのもあり、その分だけでもすべて回収することができた私は、それらすべてを燃やした。
炎に包まれ、灰と化していくのを見つめながら、私は感傷という一言では収まらない言い知れぬ思いに胸をかき乱されていた。
しかし、残りの書物はどこの誰の手に渡ったのかは依然として不明のままだ。
ウズメの木にまつわる噺は、この世へ広めてはならない。
ましてや、あの場所へ死人を埋めたりするのは禁忌である。
この手に戻ってきた書物を燃やしつつも、その反面で私はウズメの木にまつわる言い伝えを人知れず後世へ遺したいという思いにも駆られていた。
この足で各地津々浦々を歩き回って集めた不思議噺。
そこには私の苦労と思いも詰まっている。
私は禁忌と分かっていながら、茂吉が語ったすべてを書き残さずにはいられず、それを最後まで書き上げると、誰の目にも留まらない場所へこれを封印した。
これは生涯、誰にも読まれず、土に還らなければならないものだとしても、だ。
数年という月日が流れた今も私は各地を渡り歩き、様々な不思議噺を集めている。
あれから茂吉が住むあの村に、足を運ぶことはただの一度もなかったが、旅の途中で遠くに帰鏡山が見えてくると、私はその向こうにいる茂吉へ思いを馳せる。
今でも茂吉は、たった一人過ごしているのだろうか?
それとも、すでにその命は枯れ果ててしまっただろうか?
それとも……。
(完)
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