神隠し(2)

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 昨晩、ここで見たのが夢でないのは自分が一番よく分かっている。  あれからただの一睡もしていない今、まだハッキリと菊次がカヨをここへ埋めていた光景が、瞼に焼き付いて離れていない。  そして、この木の根が地面から現れ……?  ……ちょっと待て。  俺は、この巨木が欠けた鏡を元に直し、持ち主の元へ戻していたのを思い出した。  人が一人消えては現れるという奇怪な現象が続いている中、最近では鏡を埋めたという話を一切耳にすることもなく、すっかりとそれを忘れていた。  鏡や湯飲みを直して持ち主の元へ返していたこの巨木は、たとえ死人だとしてもそれを元通りに直していたというのか?  だとすると昨日、確かに菊次がここに埋めたはずのカヨの死体はどこに?  俺は(おそ)れるように巨木を見上げた。  カヨが姿を消してから七日目の朝を迎えると、俺はウズメの木の元へ急いだ。  それは姿を消した者達のほとんどが、この帰鏡山から下りて来るのを目撃されていたからだった。  皆がこの山から下りて来るのなら、おそらくこの近くに現れる可能性があり、カヨもまたきっとここに現れるかもしれない。  そう考えた俺は、いつ現れるかも分からないカヨを木の陰に身を潜めながら待ち続けた。  しばらくすると、そこから少し離れたウズメの木の方から、サワサワと葉擦れの音が聞こえ始めた。  しかし、木の葉を揺らすような風は今、吹いてなどいない。  音がする方へ目を向けると、ウズメの木の枝先が風もないのにユラユラと揺れている。  いったい何が起きているのかと目を見張っていると、揺れている巨木の枝は次第にその激しさを増し、いつしか太く立派な幹までもが(もだ)えるように揺れ動き始めた。  二股に分かれていた幹は、その幹をくねらせるようにして互いに幹を擦り付けたり、捻じれるように交わったりしている。  あの木はいったい何をしようとしているのか?  これから何が起きるというのか?  固唾(かたず)()をみながら、俺は木の陰からその様子を窺った。  やがて激しく揺れていた二股の幹は少しずつ落ち着きを取り戻していったかに見えたが、次の瞬間、その枝先が小刻みに揺れ始めると木の葉が一斉に騒めき出した。  すると、二股になっている左右の幹が交わる境い目から樹液のような汁が流れ出し、そこから透明な膜で包まれた何かが現れた。
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