神隠し(2)

3/4
前へ
/21ページ
次へ
 幹から押し出されるようにして現れたそれは、地面の上へドサリと音を立てて落ちた。  ねっとりとした樹液とともに、それを包んでいたものはまるで羊膜のようで、その中では大きな何かが(うごめ)いている。  まるで膝を抱えて背を丸めた人のようにも見え、やがてそれは透明な膜を突き破ってその正体を現した。  ずぶ濡れの全身はヌメリを帯びた樹液のせいか、その姿はわずかに射し込んでいる光で輝いているようにも見えた。  それは紛れもなく、最後に見た時と同じ着流しを着ているカヨだった。  カヨは身体に絡まる膜を取り払うと、弱々しくも立ち上がってウズメの木を見上げた。 「…………さん」  何か言ったようだが、よく聞き取れなかった。  カヨが巨木へ何かを語り掛けると、それに呼応するように地面から一本の木の根が現れた。  その根はカヨの足元から全身を伝うように上っていくと、根の先でカヨの頬を撫でているように見えた。  それから少しして、その根が地面の中へ静かに戻っていくと、カヨはくるりと巨木に背を向け、生まれたての小鹿のようにたどたどしい足取りで、こちらへ向かって歩み出した。  見付からないよう木の陰に隠れ、それに気付かず通り過ぎていったカヨの背中を俺は見送った。  あれほどおぼつかなかった足元も、少しずつしっかりとした足取りになっている。  カヨの姿が見えなくなると、俺は木の陰から飛び出した。  いつの間にかそこにあったはずの透明な膜はどこにも無く、二股に分かれている幹の境い目はカヨが出てきたにもかかわらず、穴らしきものはどこにも開いていなかった。  人を一人生み出した巨木はいつものように、ただそこにそびえているだけだったが、俺の目には何か物の怪でも宿った恐ろしい木にしか見えない。  急いでカヨの後を追い掛けると、ようやくその姿が見える距離にまで追い付けた。  しかし、そこから見えるカヨの全身はどこも濡れてなどいなく、いつの間にか着流しはすっかりと乾いているように見えた。  山から下りたカヨを村人達は温かく受け入れ、当のカヨも以前と何ら変わらない様子で村の者と話をしている。  遠くからそれを眺めていると、以前と変わらないはずのカヨに何か違和感を覚えた。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加