神隠し(3)

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神隠し(3)

 この頃になると村では誰かが姿を消したとしても、それはただの神隠しで七日もすれば無事に戻ってくると、驚く者は誰もいなくなっていた。  しかし、いくら七日で無事に戻ってくるのが分かっていたとしても、娘のキヌは父がいなくなったのをひどく嘆いていた。  普段からキヌにも厳しい(しつけ)を強いていた長ではあったが、時には父親らしい面もあるとキヌは言っていた。  そんなキヌに、俺はこの村に起きていることと、俺の考えのすべてを話した。 「……そんなの嘘! お父さんがお父さんじゃなくなるって……そんなことあるわけないじゃない!」 「本当なんだ! フクも重松も菊次もカヨも皆、別人なんだよ。みんな、あのウズメの木で別のモノに生まれ変わってるんだ!」  いくら言い聞かせようとしても、キヌは信じてくれない。 「一度姿を消した奴らはみんな、小指の爪が無い。キヌの手鏡と同じなんだ」  もしも、長が村へ戻ってきたら、次の犠牲者はキヌかもしれない。  そう思うと、キヌを失いたくない一心で、このままキヌを家に帰さず、二人で村から出ようとキヌへ言った。 「村から出るって……正気で言ってるの? 私はいや。この村を離れたくない!」  キヌは頑なに拒むと、そもそも村を出てどこでどうやって暮らすのか? 働くのが嫌いな俺がどうやってキヌを食わしていくのか? と、逆に俺を問い詰め、そこまで考えが及んでいなかった俺は言葉を詰まらせた。 「いつかは私のために真面目に働いてくれると思っていたのに……。私、帰る」  その瞳の奥に隠された秘めた想いを感じ取った俺は、キヌの腕を強く掴んだ。 「帰ったらダメだ! せめてしばらくは俺の家で……」  そう言おうとした時、キヌは憂いを含んだ目でキッと俺を睨み付け、唐突に叫び声を上げた。 「人さらい!」  キヌの一声で辺りから冷たい視線が浴びせられると、何事かと砂浜にいた俺達の元へ村の者達が集まってきた。 「キヌちゃん、大丈夫かい?」 「どうした? 何があった?」 「茂吉、お前……キヌに何しようとした?」  蔑みと怒りの眼差しを一心に受けた俺は掴んでいた手を静かに離すと、キヌは涙を浮かべながら走り去って行った。 「とうとうキヌにまで手を出そうとしたか」 「いつかはこうなるんじゃないかって言ってたのに」 「長がいれば……」  心無い言葉が飛び交う中、俺は無言を貫いてその場を後にした。
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