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父は一番向こう側で何かをしているようだったが、それは母が寝ている場所だった。
父が母を殺そうとしていると分かると、手斧を手に布団から抜け出そうとしたが、その時、なぜだか身体が思うように動かなかった。
指一本すら動かせずにいた俺は、今まさに母が殺されそうになっているのに、それを助けることもできずにいた。
微かな呻き声から、父は母の首を絞めているようだった。
隣に寝ていた妹はそれに気付きもせず、ぐっすりと眠っている。
微かだった呻き声が次第に小さくなり、家の中がシンと静まり返ると、父は母を引きずって外へ出て行った。
それから少しして、ようやく身体の自由を取り戻した俺は、次の犠牲者が自分でなくてよかったと胸を撫で下ろすと同時に、母を助けられなかったのをひどく悔やんだ。
いくら血を分けた家族といっても、母もまた父と同じように俺を厄介者扱いしていた。
そんな母を救えなかったのは……いや、だから救おうとさえしなかったのかと、俺は自問自答した。
あの時、身体が動かなかったのは、心のどこかで自分以外が犠牲になればいいと願ったのか、はたまた自分が狙われなかったという安堵のせいか、それともあの巨木の妖気を思い出したからなのか、自分でもよく分からない。
母が姿を消した後、次に犠牲となったのは妹だった。
この時も俺は、妹を助けられなかった。
この村で最後にその順番が回ってくるのは、俺だというのは分かっていた。
それほどに村中からも家族からでさえも、俺は忌み嫌われている。
いっそ、自分もほかの奴らと同じ「人」でないモノになったほうが、楽しく暮らせるのだろうか?
「人」であって「人」ではない何か。
そう考えれば考えるほど、底の知れぬ恐ろしさが湧き上がり、全身の震えが止まらない。
いつものように砂浜でただ海を眺めてボンヤリと過ごしていた日常と違い、この日は目の前に広がる海と潮の香りも感じず、ただそれだけを考えていた。
日が暮れて家に帰ろうとしたその時、戸を開ける前に家の中から話し声が聞こえてくると、手を止めた俺は聞き耳を立てた。
家の中では父と母、そして妹の三人が何やら話をしているようだ。
「明日だね、兄さん」
「うむ、きっと母さんも喜ぶだろう」
「アンタ一人で大丈夫? なんなら兄さんに手伝ってもらう?」
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