ウズメの木

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ウズメの木

 私は旅の途中で、ある小さな村へと辿り着いた。  そこは目の前に美しい海が広がり、三方を山で囲まれた、まさに俗世から隔絶されたような風景だ。  その村には二十軒ほどの家屋があり、村人達は狩りや漁に精を出したり、畑や田を耕(たがや)したりと忙しそうに汗を流している。  村の中で元気に走り回る子供達のほかに、噺を聞けそうな村人を探していると、砂浜で一人ただぼんやりと海を眺めている一人の若者がいた。  声を掛けると、その若者は茂吉(もきち)と名乗った。 「茂吉さんは、他の人達のように働かないのですか?」 「いやぁ、俺が働いたら天と地が(さか)さまになってしまうよ」  そう笑い飛ばした茂吉は、どうやら身を粉にして働くのが嫌いのようだったが、私にとって茂吉が働き者かどうかは問題ではない。  他の者達と違って暇を持て余している茂吉に、この村に伝わる不思議噺がないかと()くと、茂吉は天を仰ぐように考え、つい最近起きた出来事を話し始めた。 ◆  この村を牛耳(ぎゅうじ)っている(おさ)の家系は、不思議と昔から女の子しか生まれず、生まれた子供が成人すると、婿(むこ)をとってはその婿が長として代々この村を治めていた。  その長の家には代々伝わる手鏡があり、それは母から娘へ、そして成長したその娘に女の子が生まれると、手鏡はその子へと引き継がれていく。  現在、その手鏡は母から娘のキヌへと引き継がれていたが、手鏡をキヌへ託した母親は、その後まもなくして病死でこの世を去った。  母の形見となってしまった手鏡をキヌは後生大事に使っていたが、ある日、鏡の一部が欠けているのに気付く。  それでもキヌは、母から託された先祖代々伝わるその手鏡を使い続けていた。  しかし、それを知った長は、欠けた鏡は縁起が悪いとして処分するようキヌへ言い付けた。  長の言うことには、村の者は誰一人として意見するのも叶わず、それは娘のキヌも同じで、キヌは父でもある長の言い付けを守るしかない。  キヌは形見の手鏡をキヌは大事そうに抱え、山へと入っていった。  この村では欠けたり、割れてしまった鏡を木の根元に埋める風習があり、キヌもそれにならって手鏡を埋めるに相応(ふさわ)しい木を探しながら、ひたすら山の中を歩き続けた。  山の奥深くにまでやってきた時、キヌは一本の巨木の元へ辿り着く。  それは太い幹が見事なまでに二股に分かれ、長く伸びた枝先の隙間から光が差し込み、それがより一層、巨木を神々(こうごう)しく見せていた。  まさに神の木のごとく映るその巨木に、キヌは手鏡を埋めるに相応しいのはこの木しかないと、そこへ手鏡を埋めることにした。  そばに落ちていた枝を拾って小さな穴を掘り、手鏡を置いて土をかぶせ終えると、キヌはそこに両手を乗せた。  この巨木の元で母の形見だった手鏡は、これから長い眠りに()く。  柔らかな土の感触から母の温もりのような温かさが伝わってくると、キヌは母から受け継いだ手鏡を失う代わりに、そこから母の想いが全身に流れてきたような気がした。  それから数日経ったある日、村にやって来た行商人が珍しい品々を広げていくと、村人達に混じってキヌもまたその目を輝かせていた。  それらをじっくりと眺めていたキヌは、ある一つの品に目を見張る。  それは亡き母の形見で、数日前に山へ埋めてきた手鏡と瓜二つの手鏡だった。  その手鏡を手に取ったキヌは、何度もひっくり返しては隅々にまで目を配った。 「これをどこで?」
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