ウズメの木

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 キヌが尋ねると、行商人はどこで仕入れたのか忘れてしまったようで、出所は不明だった。  珍しくキヌにせがまれた父もまた、あの手鏡と見事に瓜二つの代物に、それをキヌに買って与えた。  再びその手鏡をこの手にできるとは思ってもみなかったキヌは、それがまた自分の元へ戻ってきてくれたのが何より嬉しく、その奇跡ともいえる出来事を仲の良い村の娘に話した。  それを聞いた娘が物は試しと、(ふち)が欠けてしまった手鏡をキヌから教えてもらった巨木の元へ埋めてくると、その数日後には埋めたはずの手鏡が娘の元へ戻ってきた。  その話は(またた)く間に村に広がり、他の者達も欠けたり割れてしまった鏡を巨木の元へ埋めてくると、決まってその数日後には元の持ち主の元へ戻ってくるのだった。  キヌの手鏡は行商人によって舞い戻ってきたが、ある者は漁の網に引っ掛かって、ある者は獲ってきた熊の腹の中から、またある者は狩りに出掛けた先で獣の巣穴で見付けたりと、戻ってくる方法は実に様々だった。  埋めたはずの鏡と同じものが戻ってくるということが続く内に、いつしか名も無かったその山は「帰鏡山(ききょうやま)」と呼ばれ、幹が二股に分かれた巨木は「ウズメの木」と呼ばれるようになっていた。  しかし、戻ってきた鏡には、いずれも一つだけ元の鏡と違うところがある。  キヌの手鏡は、その裏側に小さな花の模様があしらわれていたが、その内の一つだけ花びらが一枚少ないものがあった。  他の者もそうだった。  鏡の裏側に(ほどこ)されていた格子(こうし)柄などの模様の一部が、なぜか消えていた。  それはたとえ模様の無い無地だったとしても同じで、一部の色だけが消えているのだ。  その消えた部分について村人達は、ウズメの木が鏡を元に戻した駄賃として受け取ったのだろうと口にしていた。 ◆
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