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茂吉から聞かされたその不思議な噺に、私はなんとしてもそのウズメの木と呼ばれる巨木をこの目で見てみたいという衝動に駆られた。
そんな私の願いに茂吉が案内役を買って出ると、私達はさっそく帰鏡山へと向かった。
その道中、私は茂吉が話してくれた内容が、やけに細部にまで渡って詳しかったのと、まるでその目で見てきたような口ぶりに、さり気無く茂吉に尋ねた。
すると、茂吉は働くのが嫌いな反面、記憶力だけはいい方で、誰かが話していた内容は一語一句のすべてを覚えているのだと言った。
ただ、私達が山へ向かおうと村の中を歩いている時、茂吉に向けられた村人達の視線がどこか蔑みを含んでいるように見えた。
よそ者である私が蔑まれるならまだ分かる。
村人達が見ていたのは私ではなく、隣にいた茂吉だった。
おそらくロクに働きもせず、いつも暇を持て余している茂吉を村人達は快く思っていないのだろう。
村人達はともかく、茂吉の家族はいったいどうなのだろうか?
父親なり母親なり、誰も茂吉に働けと言う者はいないのだろうか?
「茂吉さん、ご家族は?」
「ああ、いるよ。父さんと母さん、それと妹」
父からはいつも真面目に働けと罵られ、とうに呆れている母は茂吉の顔を見るたびに溜め息を付き、妹に至ってはここしばらく口も利いてくれないそうだ。
かくいう私も稼業を継がずに、こうして自由気ままに旅をしている身であるため、茂吉へ苦言を呈することもできないが、茂吉とて働くのが嫌いという欠点はあれ、こうして話をしてみると根はいい人のように思える。
どれだけ歩いただろうか、私達はすでに山の中腹辺りに差し掛かっていた。
「茂吉さん、あとどれくらい……」
「ほら、もうそこに見えてるよ」
茂吉が指差したその先へ目を向けると、そこには静かにそびえる一本の巨木があった。
話に聞いていた通り、立派な太い幹は私の腰ほどの高さのところで見事に二股に分かれ、それぞれが辺りを覆いつくすようにその枝を広げていた。
ただでさえ見事なその巨木は、枝先に鬱蒼と生い茂る葉の隙間から射し込む木漏れ日によって、更に神々しさを増し、私はただただ圧倒された。
まるで辺り一帯が何かしらの妖気に包まれているような錯覚に陥っていた私に、茂吉は満足気な顔をしていた。
「いや、思っていた以上に見事な木ですね」
目の前にたたずむ巨木には、確かに不思議噺の一つや二つはあってもおかしくはない雰囲気がある。
「実は、まだ誰にも言ってないことがあるんだ」
茂吉は村の誰にも話していないという、ある秘密を話し始めた。
埋めた鏡が戻ってくるというのを聞いた茂吉は、最初こそ信じてはいなかったが、次から次へと同じ話を耳にする内に、鏡以外の物をここへ埋めたらどうなるのだろうかと考え、ヒビが入ってしまった湯飲みをこの場所へ埋めたらしい。
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