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神隠し(1)
あれからも私はいまだ方々を歩き回り、各地にまつわる不思議噺を集めていた。
その旅からの帰り道、かつての帰鏡山が見えてくると、その向こうにある小さな村に住む茂吉の顔がふと頭を過ぎった。
今でも働かずに、ただ暇を持て余した日常を過ごしているのだろうか?
確かにぐうたらではあるものの、どこか憎めない、そんな印象を私は茂吉に抱いていた。
帰鏡山のそばを通り掛かったのも何かの縁とばかりに、私はその村へ立ち寄ることにした。
あれから二年もの月日が流れ、突然現れた私との再会に茂吉は驚くだろうか?
山を越え、その村に辿り着いた時に感じたのは、違和感だった。
かつては小さな村とはいえ、村人達は仕事に精を出し、子供達が楽しく駆け回る、そんな活気に満ち溢れていたその村は、なぜかひどく閑散としていた。
点在していた家屋は朽ち果て、キヌと長が住んでいた立派な家屋も今ではただの廃屋と化し、村には人の気配がまるで無かった。
茂吉と最初に出会った砂浜にもその姿は無く、私は茂吉の家へと急いだ。
潮風のせいか、痛みの激しい一軒家の戸を開けると、私の目に飛び込んできたのは黒い染みのある床の上で、布団に横たわる茂吉の姿だった。
「茂吉さん!」
すぐにそこへ駆け寄ると、茂吉は眠そうな目を擦りながら上半身を起こした。
「あれ? あの時の……」
「ああ、よかった。死んでいるのかと思いましたよ、茂吉さん!」
茂吉が生きていてくれたことに、私は胸を撫で下ろした。
「どうしたんですか、こんな昼間から? どこか身体の具合でも?」
私の心配もよそに、茂吉はどこか焦点の合わない視線を泳がせている。
「あぁ、いや……最近中々眠れなくて、こうして眠れる時に横になるようにしていたんだ」
あれだけ自由気ままに暮らし、何一つ悩みも無さそうだった茂吉が夜も眠れなくなるとは、いったい何があったのだろうか?
この閑散としている村と何か関係があるのかと、私は言い知れぬ胸騒ぎに襲われていた。
「茂吉さん、村の人達はどうしたんですか? 一人も姿が見当たりませんが」
茂吉はまだ寝惚けた様子ではあるが、その顔を曇らせた。
「みんな、死んだよ」
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