神隠し(1)

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 それは、小指の爪だ。  重松も平蔵も……思いの外、フクさえも片方の小指の爪が無かった。  爪がそっくり剥がれているようだったが、特に出血しているようにも見えない。  病に伏していたはずのフクにしてもそうだ。  寝たきりでその病の重さに長くは無いと村人達が囁いていたはずが、何事もなかったかのように突然、元気な姿で現れた。  この奇怪な現象の始まりは……フクなのかもしれない。  他の者達も気にはなるが、その中でもフクの言動に深く注意を払っていると、フクが夫である重松ではなく、その友人の平蔵と二人で何やらコソコソと話をしているのを立ち聞きした。  会話はよく聞こえなかったが、二人が小声で話している中、平蔵がフクのことを「」と確かにそう呼んでいた。  山を越えた隣村からこの村へ嫁いできたフクは、平蔵とは血も繋がらない赤の他人だ。  それなのになぜ、平蔵がフクのことを「姉さん」と呼んだのかは、まるで分からなかった。  その後も、誰かが姿を消すと、決まって七日後に何食わぬ顔で戻り、そのまた七日後には誰かが姿を消していた。  そんなことを繰り返していたこの村で、最後に姿を消して再びその姿を見せた菊次(きくじ)の行動を俺は見張ることにした。  とはいっても、昼間の菊次は普段と変わらず漁で他の者と海へ出るのが多く、何かが起こるとしたら菊次が戻ってきた七日目だと考えると、その日の日が沈んで暗くなった頃、草むらの陰から菊次の家を見張った。  次第に眠気が襲ってくるのを必死に我慢しながら菊次の家を見張っていると、異変はすぐに訪れた。  明かりの消えた家の戸が静かに開くと、そこから菊次が出てきた。  ただ、姿を見せたのは菊次だけではなかった。  菊次は誰かを背負っているようだったが、その背にいたのは菊次の妻・カヨで、そのカヨは意識が無いように見えた。  菊次はいったいカヨをどうしようというのだろうか?  眠気がどこかへ吹き飛んでいくと、目を見張るように菊次の行動を監視し続けた。  カヨを背にした菊次は持ちづらそうに(くわ)を手にしながら山へ向かうと、気付かれないよう俺もその後を追った。  菊次が辿り着いたのは、帰鏡山にそびえるウズメの木だった。  そこで菊次はカヨを地面へ乱雑に落としたが、当のカヨは起きる気配がまったく無いどころか、菊次は鍬でそこに穴を掘り始めた。
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