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「きゃははっ。山村じゃん」
それは突然の来襲だった。軽薄そうな笑いとともに聞こえてきた声に後ろを振り返ると、玄関の前に中学の同級生、矢代が立ってこちらを見下ろしていた。同じ高校に進学していたのは知っていたけど、今まで会ったことはなかったから安心しきっていた。ドクン、と心臓が嫌な音を立てる。
「なんか噂で聞いたけど、高校入ってから友達作ってデビューしちゃってるらしいじゃん」
矢代は嘲笑するような声でそう言った後、きゃははっ、ともう一度笑い、私の肩を乱暴に組んで耳元で囁く。
「あんま調子に乗ってっとシメるぞ」
冷たい響きが耳の中でこだました。辛い過去がフラッシュバックし、心臓がぎゅっと掴まれたように縮こまる。呼吸がハァハァと荒くなり、めまいで目の前がくらくらする。座っていることもままならない。
その時だった。
「あの」と優木が突然声を上げた。低くてドスの利いた声だった。今まで聞いたことのない声に弾かれたように顔を上げると、優木が酷く怖い目をしてこっちを見ていた。「なにか?」と不機嫌そうに応えた矢代と対峙するかのように優木が立つ。
あ。
「大事なもの傷付けられた時とか」優木の言葉が頭の中で再生される。まさか。
優木がすぅと大きく息を吸い込んだ。
「ふひっ、緊張して低い声出ちゃった」
「は?」
え。
「山村のお友達ですか? 私、山村と同じクラスの優木っていいます。えへへ、立ち話もなんなんで、今から一緒にクレープでも……」
「いやキレるんじゃないんかい!!!」
「うるさいな! 声でかいわ!」
「いやそこでキレるんかーい!」
もうええわ。心の中で呟くと、矢代も呆れたのか「わけわかんねぇ」とだけ吐き捨てて、去っていく。
「あらら、行っちゃった」
残念そうに優木が言う。その顔にはさっき一瞬垣間見せた険しさは微塵も残っていなかった。
再び沈黙が訪れた。優木が珍しく気まずそうに頭をポリポリと掻いている。
「ねぇ、さっき怒ってた?」私は思わず優木に尋ねる。
「ん? 何が?」
「矢代に向かって」
「矢代ってさっきの人? なんで?」
「その、わかったんでしょ。中学時代に私をいじめてたうちの一人だって」
「え、そうなの? 私いろいろ鈍いからなぁ」
そう言って、優木ははぐらかすように笑った。「まあいいや」と、私もつられるようにして笑った。
優木の怒っているところなんて、もう見られなくてもいい。優木とはこうやって笑い合っているのが、一番楽しいんだって気が付いたから。
「クレープ食べに行こ!」
待ってました、と再びよだれを垂らす優木の腕をひったくると、二人くっついて歩きだす。
「寄り道しようね。明日も明後日も!」
私がそう宣言すると、優木はやっぱりふくふくと、嬉しそうに笑った。
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