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仏の優木
夏の終わり。真夏の肌を刺すような日差しは少し和らいで、だけどまだ冷たいお茶と手持ち扇風機が手放せない、そんな季節。私は高校へと向かう長い坂道を、額にくっついた前髪をうっとうしそうにかき分け、マスクの中に熱い息を籠らせながら、よっこらしょよっこらしょと歩いていた。
「暑いねー。アイス食べたーい」
隣を歩く親友の優木が言う。偶然通学の電車の中で一緒になってからここまで、この暑いのにぴったりとくっついて歩いてきたのだった。まさか通学中に会えると思わなかったので、お互いちょっぴり嬉しかったのかもしれない。
「それにしても、通学の電車の方向、一緒だったなんて全然知らなかった!」
「ねー、知り合ってもう半年も経つのにね」
優木がそう言ってふくふくと笑う。確かにな、と思う。私たちは高校に入学して以来、まだ日は浅いものの親友として過ごしてきたというのに、今日まで家の方向が一緒であることすら知らなかったのだ。
それだけではない。私は隣で幸せそうに笑うこの少しふくよかな少女のことを、まだ全然知らない。例えば。
「話変わるけどさ、優木って怒ることとかあるの?」
「え、どうして?」
「だって、同中の人に『仏の優木』とか呼ばれてるじゃん。それに、私も怒ってるところ見たことないし」
「私だって怒るときは怒るよ」
「えー、例えば?」
「酷いことされた時とか、大事なもの傷付けられた時とか」
「ほんとに? 全然イメージつかないなぁ」
「まぁ実際、私をキレさせたら大したもんっすよ」
どっかの芸人みたいなことを言って、優木はまたふくふくと笑った。だけど私は納得いかない。もっと優木のことを知りたい。怒ってるところだって見てみたい。
「山村ー、早く教室行こうよ。置いて行っちゃうよ?」
考え事をしているうちに、気付けば下駄箱まで着いていたらしい。私は慌てて優木の後を追って上履きに履き替える。
そして決心する。私は今日優木を怒らせて、「仏の優木」の仮面を剝いでやる。くっくっと笑いを堪えながら、優木の隣に並ぶ。早速どんな方法がいいか考えねば。
「山村、なに変な顔してんの? キモイよ」
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