いつもとは少しだけ違う日

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いつもとは少しだけ違う日

 後ろから聞こえてくるペタペタという足音。 暗闇の中響く荒い息。走っても走っても終わらない廊下。焦る気持ちとは反対にだんだんと遅くなっていくスピード。 それでも必死になって走り続けていると、ようやく前方に扉が見えてきて。 助かった……! 最後の力を振り絞って、残り数メートルを全力で駆け抜ける。 ドアノブに勢いよく飛び付きそのまま開けようとして。 ……ガチャッという無情な音が鳴った。 自分の顔からさっと血の気が引いていくのがわかる。 嘘でしょ、と。 口にしたはずの言葉は声にならなかった。  ペタペタ ビクッと肩が弾み、体が震え出す。 慌てて左右を見渡すも壁があるだけで。  ペタ……ペタ…… 追い詰めた、と。 そう言わんばかりの足音にヒッと喉の奥から声が漏れた。 足から力が抜けていってその場に座り込んでしまう。 動かなきゃ、逃げなきゃと思うのに。 力が入らなかった。 嫌だ。振り返りたくない。 そんな想いとは裏腹に体は動き出す。 糸で引っ張られているかのように。 抗うことのできない見えない力で動かされる。 いや、やめて…… 止まって、と念じても言うことを聞いてくれなくて。 止まらない。視界が徐々に歪んでいく。 泣きそうになりながら恐る恐る振り返った先には―― ――河童。 「いや何でよ!」 演技も忘れて私は思わず叫んだ。 さっきまで不気味な足音が響いていた廊下にキンと声が反響する。 「おかしいでしょ、なんで学校に河童の設定な訳!」 そう詰め寄れば、目の前の河童は困ったように頬を掻いた。 「いやあ……俺もおかしいって言ったんだけど……」 大貴が、と河童は後ろを振り返る。 そこには腕まくりをしたTシャツに短パン姿の男子が。カーット!と叫んでいた。 「おいおい志穂、そんなセリフは台本にないぞ!」 ちゃんとやれ!と怒られ私は頬を膨らませる。 「だっておかしすぎるでしょ!」 なぜ河童。学校だよ? 「なにが、[リアル感出したいから本番だけ来て]よ!滅茶苦茶じゃない!」 「何だと、お前……いちゃもん付ける気か!」 「まあまあ……落ち着いて、ニ人とも」 河童のお面を取った真人が間に入り、私と大貴は渋々口を閉じた。 「売ってたお面がこれしかなかったんだよ。全部売り切れてて」 「それで、もうこれでいいやってなった訳?」 「そうなるね」 いやいや、適当すぎでしょ。 「仕方ねぇだろ……〆切ちけえんだから……」 心なしかしゅんとした様子の大貴。 彼も不満はあるのだろう。 それでも撮影を進めるところはさすがというか。 「とりあえず志穂のシーンだけ撮って、真人のシーンは後にするつもりだったんだよ」 意外。ちゃんと考えていたらしい。 「……おい志穂、今失礼なこと考えただろ」 「何のことかさっぱり」 「お前っ……!」 「はいはい、ストップストップ」 喧嘩禁止ね、と真人。 「悪い子たちはお化けに拐われちゃうぞー」 「は?何言ってんだよお前」 大貴が訝しげに真人を見て、私も笑った。 「もしかして、夜の学校の雰囲気にでも当てられちゃった?」 「……志穂ちゃんは何でそんなに楽しそうなの?」 外は真っ暗。でも私たち映画研究会は特別に残らせてもらっている。 昼間には見られない学校の姿に私はさっきからずっとうきうきとしていた。 「怖いとかないの?」 「え、全然。だってさっきまでのも全部演技だし。そもそも私ホラー系得意だし」 「逆に何でお前それであんなに演じられんだよ」 「そこは才能よ!」 ドヤ顔を決めてやる。 ニ人は呆れたように苦笑していた。 誉めてくれて良いのに。 「でもさ、うちの学校本当に出るらしいよ?」 お化け。 「はっ、馬鹿馬鹿しい」 「それ今からホラー映画撮ろうとしてる人が言っちゃう?」 「大貴は変なとこで現実的よね」 それで?と私は真人の方に身を乗り出した。 大貴がどうのよりもその話の方が断然気になる。 だって良いネタになりそうじゃない。 「ああ、えっとね、去年の先輩に聞いたんだけど」 「そんなに前から大事にストックしてたの!」 裏切り者、と思わず叫んでしまった。 「……志穂、ぜってぇそこじゃねえ。一回黙れ」 大貴に睨まれむっとしながらも、話が進まないのはとおとなしく黙る。 その様子を真人は可笑しそうに見ていた。 「まあそれで、内容なんだけど……夜になると窓に白いものが見えるんだって。なにかを探しているみたいで」 「うんうん」 「そいつが叫ぶと共鳴するように窓がガタガタ鳴るらしいよ」 「……うん?」 「何だよそれ、弱すぎだろ」 大貴の言葉にうんうんと私も大きく頷く。 エピソード的にも他の怪談に比べて弱い。 全く怖くないし。害も全然なさそうだし。 「俺もそう思ったから言わなかったんだよ。ほんとうに、勿体付ける訳じゃなくてね」 真人は軽く肩をすくめた。 確かにこの話は自信満々に話せるレベルではない。 というかつまらないの一言で片付けられてしまうような情報量の少なさだ。 探し物というのもまたありがちな展開。 「でもさ、探し物っていうのはなんか気にならない?」 「まあ、確かに……」 「やっぱ身体、とかなのかなぁー。自分の器にするために代わりを探してる……みたいな!」 それは王道過ぎるんじゃない?と真人が苦笑する。 「んなもんどうでもいいさ。今日の分撮り終わったから帰ろうぜ」 それだけ言うと手早くカメラを片付けさっさと身を翻す大貴。 一瞬驚きに顔を見合わせてから、その背中に私たちは慌てて付いていく。 「ちょっと、待ちなさいよ」 「大貴ー、俺まだ河童だよぉー」 「あはは、そういえばそうね」 「行くぞ河童」 「ひどっ、着替えくらいさせてよ!」 なんて会話をしながら階段を下りる。 私が残っていた先生に使った鍵を返している間に、私服姿へと変わった真人は大貴からカメラなどを渡されていた。大荷物のまま靴を履き替え昇降口から校門へ歩き出す。  これがいつもの、私たちの日常。 それは夜だとしても変わらない。 馬鹿して笑って、今日も三人で帰る。 いつも通りの変わらない時間。 ……でも、今日はちょっと違うのかもね。 背後の校舎の三階。 ちょうど私たちが撮影していた廊下の窓に。 本当に白いものが揺れていたことに私たちは気がつかない……
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