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遠き山に日が落ちたら
呼吸浅く、身体を震わせ、胸や腹の辺りを頻りに押さえて呻くゆりを見ているうちに、俺の胸には後悔の念が押し寄せてきた。それと同時に、この子をなんとかしてあげたい、とも思い始めていた。
自分がどんなことをしてきたのか、それでどうなってのか――そんなことを今すぐ話してもらう必要はない。そんなのはこれから知っていけばいいことだ。今はとりあえず、彼女を安全なところに連れていかなくては……!
きっと彼女は、こんなことまで話さなくてはならないほど追い詰められているんだ。それほどまでに、今の“監禁されている”生活が苦しいものなのに違いない――それなら、その話を聞いた俺がなんとかしなくちゃいけないはずだ。
「お兄さん、どうかしたの?」
「え?」
不意に、ゆりが俺を上目遣いに見つめてくる。その瞳はどこか濡れているように見えて、そういうところにも、俺の心臓は反応してしまう。
ついつい、その桜色の唇や、スカートの裾から覗く若々しいハリのある脚に目がいく。夏だからだろう、薄着になった制服の胸元は少し開いていて、淡い寒色系の下着が目に焼き付いた。これを、何人が目にしたのだろう――ふと、そんなことを考えた。
彼女の話では、かなりの人数がこの制服の下を見たことになる。そして、きっと今ゆりを監禁しているのだというやつも、彼女の外出していない時間はきっと何度も何度も、貪るようにしているに違いなかった。きっと彼女の意思など無視して、延々繰り返して、抵抗すらさせずに。
そのときの彼女は、どういう顔を見せるのだろう? 正面から向かい合うあどけない顔とは似ても似つかないような話に、俺はすっかり釘付けになっていた。そして気が付くと、ゆりの肩に手を置いていた。
俺は、彼女の意思を無視したりなんかしない。彼女がそういう気分でないというなら無理強いはしないし、彼女が外に出たいといえばどこにだって連れていく――だから、だから俺にも、
「え、」
「あのさ、ゆりちゃん。よかったらさ、」
「いたいた! おーいゆきちゃん、迎えに来ましたよ~!」
間延びしたような、くぐもったような声が聞こえたのはそのときだった。俺の言葉は怯んだ一瞬で風に溶けて、どこかに消えてしまった。そして、ゆきと呼ばれたときのゆりの反応は、怯えるなんてものじゃなくて。
「駄目じゃないですかゆきちゃん。早く帰ってこないと変な人たちに言い寄られちゃいますよ、ゆきちゃん可愛くて軽いんだから」
にやけた顔で近付いてきたのは、大柄で太った男。ゆりを見下ろす視線は下卑た熱を帯びていて、話し方こそ穏やかだが、妙に威圧的だった。
「帰りましょう、ゆきちゃん。今夜もたっぷり時間がありますからね」
「お、おいっ、その子は、」
「ありがとねお兄さん。話聞いてくれて」
その声は、なんとなく硬くて。
「でも、もういいよ。お迎えも来てくれたし、平気だから」
宵闇に閉ざされた公園跡で、ゆりの顔はよく見えない。だが、その声は間違いなく、誰かに助けを求めていた。間違いなかった、だから……!!
「ゆり、」
「ゆきちゃんですよ、この子は」
呆れ返ったような声が落ちてきた。
「ゆりちゃんなんて子を探しているなら他を当たってください。SNSでも探せば見つかるんじゃないですか?」
嘲笑うような声と共に、男が遠ざかっていく。
遠ざかるふたつの影を見つめながら、俺は胸の中に芽生え始めるものを感じた――その炎が、それまでの代わり映えしなくても平穏だったはずの日常を焼き焦がし始めたことも。
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