日常の影

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日常の影

 代わり映えしない日々が一変するのに、何か大層なきっかけなんて必要ないのかも知れない――そう思ったのは、いつもと何ら変わらない夕方のことだった。  履歴書から「卒業見込み」の文字が消え、フリーター生活に突入してはや数年、勤めていた会社から突然クビを言い渡されて途方に暮れていた頃――何もする気になれず、ただ1日中ぶらぶらと過ごしていた日のこと。  半ばヤケになっていた俺は、出ていく金の大きさなど気にも留めず、その日は朝から風俗をハシゴしていた。探せば早朝から営業している店もそれなりにあるし、昼前にもなれば大体どの店も開いている。待合室に置かれた週刊紙の袋とじで程よく気分を高めたりしながら、何となく胸のなかで燻り続けている(もや)を晴らすように欲望に身を任せ続けた。  1軒での時間が長かったからか、3、4軒回り終えた頃にはもうすっかり日も高くなっていて、更に2、3軒も回れば空はすっかり夕焼けに燃えていた。 「1日かけて、俺何やってたんだろうな」  不意に、(むな)しさが込み上げてきた。  もちろんそんなの勝手なものだ。俺が選んで俺が行った場所、俺が望むことをし続けただけの1日だったのだが、それでもふと。まるで明日が今日よりもいい日になるなんて無条件に信じきったように笑い合う学生だとか、過酷な1日を乗りきって、自宅なのかどこなのかはわからないが向かう先に癒しを求めて歩いているスーツ姿だとかを見ているうちに、自分がどうしようもない落ちこぼれのように感じられたのだ。  特に何の目的もなく、目指すようなものも、次に向かうべき夢も、もう俺には見つかりそうもなかった。夢なんていつまでも見ているなと叱責されたときに捨てたし、学生の頃みたく次のステップがわかりやすく示されているわけでもない――だからといって何もしなければどん底みたいに思われるのだ。他の誰でもない、俺自身が俺をそう指差して(さげす)んでくる。  その侮蔑からとにかく逃げたくて、逃げるように駆け込んだ、誰からも忘れ去られたみたいな、かつて交通公園だったらしい空き地。  設備を撤去する余裕すらなかったのか、規制線だけ張られて後は信号機も何もかも置き去りにされたその場所で、彼女(、、)はひとり座って夕陽を見つめていたのだ。
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