ひいづるところ・手にしたもの。手放したもの。

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 謁見を済ませた一刀は、取り敢えず私室へと錦を連れて来た。まだ俯き、言葉も無い錦。部屋の奥へ腰を下ろした一刀の傍ら、徐に錦も腰を下ろす。暫く、互いに声も言葉も無く。 「一刀……」  小さく、静かな錦の声。其の肩は震えている。膝元の着物を握り締め、堪える様に。一刀は錦を見詰め、優しい瞳で苦笑う。顔を上げた錦は、やはり泣いていたから。 「私の、為に……御免なさい!……私……一刀も皆も、大変なのに……凄く……凄く嬉しいんだ……私、一人だけが……怖いよ、幸せ過ぎる……から……っ!」  泣きじゃくる錦は、最早言葉を紡げない。一刀が錦を公に男であると宣言した上で、真の后妃として本当に錦の全てを受け入れたのだ。あの場で、頭を下げて迄。其の事が嬉しくて、誇らしくて。  一刀は微笑み錦の肩を抱き寄せると、其の髪を優しく撫でてやる。 「母上の名誉は俺自身の生き方で示し、守って見せる。俺は、母上の身の上に起こった不幸ばかりに囚われて、母上がずっと俺に教えた筈だった事を忘れていたのだ……」  静かに語る一刀へ錦は体を預け、まだ涙溢れる瞳で見詰めた。 「それって……?」 「己にも、人にも嘘をつかぬこと。さすれば、人は自ずと側へ寄り添ってくれる……お前は、俺に其れを思い出させてくれた」  一刀の言葉が更に嬉しく、幸せを噛み締める錦。一刀が母の墓標を神妙に見詰めていた理由が分かった。一刀は、きっと此の事を母へ告げたのだ。そして、母は初めて笑ってくれたと言う言葉。錦への思いに向き合い、誠実に答えてくれた一刀の真。この上無い程の深い愛情と、優しい眼差しを与えられ、錦は一刀への胸の高鳴りでどうにかなりそうだ。 「でも、でも……言って良かった、のかな……一刀や、皆が、大変になるんだよね……私のせいで……一刀は、み、帝だし……」
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