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◇◇◇  四月九日。  入学初日の教室では、誰もが緊張した面持ちで周囲の様子を窺っていた。  しかし二日目には適応力の高い人から各々交流が始まり、三日目ともなればクラス内にはいくつかのグループが出来上がる。  しかし僕にそんな適応力はなく、四日目も静かに教室に入って自分の席に座った。  窓際から二列目、前から四番目。悪目立ちのしない好立地。座席の位置は今後の生活を大きく左右するので、これは確かなアドバンテージだ。  まだ慣れない高さの椅子に座ると、天板の右端に薄桃色の花びらがひとひら乗っていることに気付く。  どこから、と窓を見れば、春を証明するように咲き誇る桜が見えた。  その窓は少し開いていて、そこから風に運ばれて入ってきたのかもしれない。 「おはよう、伏見(ふしみ)くん」  唐突な後ろからの声に、僕は息を忘れた。  驚いて振り返ると、後ろの席でにこにこしている彼女と目が合う。 「……えっと」  僕が戸惑っている間に、彼女は隣の席に座った女子を見つけて「あ、瀬田さんおはよっ」と声をかけている。  その後も彼女は次々と登校してくるクラスメイトへ明るい笑顔と挨拶を振りまいていた。  彼女はどうやらほとんどのクラスメイトの名前を憶えているらしい。  すごいな、と僕は感心した。これが適応力か。  僕は前を向き直る。  彼女の名前はなんだったっけ、と机の下でこっそりと座席表を覗き見た。  僕の名前の後ろには、山科遥香(やましなはるか)と書いてある。頭の中で、山科さん山科さん山科さん、と三回唱えて記憶に刻み付けた。  挨拶だけでも返せたらよかったな。  咄嗟に反応できなかった自分に不甲斐なさを抱く。こういうほんの小さなことをうまくできるかできないかで人生は大きく変わってくるのだろう。  教科書や筆箱を机にしまい、空になった鞄を横のフックに掛けて、僕はもう一度窓の外を見た。  青空に舞う桜の花びらをぼんやり眺めていると、胸の奥で沸々と湧き上がる気持ちに気付く。  高校生活も案外悪くないかもな。  入学四日目にして、僕は初めてそんなことを思った。  春。始まりの季節。新しい時間が動き出す。  不確かな未来の先に小さくもあたたかな期待が芽生えて、知らず僕の口角は上がっていた。
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