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◇◇◇  五月十一日。  ゴールデンウィークが明けたばかりの教室には言い知れぬ倦怠感が漂っていた。いつもより机に顔を伏せて寝ている人も多い気がする。 「春眠暁を覚えず」 「…………」  後ろの席で机に突っ伏している山科さんの声が聞こえた気がした。  両腕を枕にして、さらりと滑らかな髪が彼女の顔を隠している。いやいや、そんな彼女が急に「しゅんみんあかつき」なんて言いだすはずがない。きっと何かの間違いだ。空耳かもしれないな。 「春眠暁を覚えず」 「……なに?」  二回目は流石に無視できなかった。そのセリフの意図がまるでわからず僕はこちらを向いた白いつむじに訊き返す。 「眠いねってことです」 「うん。みんな眠そうだよね」 「冬眠したい」  山科さんは机に伏せたままそんなことを言う。  開いた窓から入ってきた柔らかな微風が彼女を起こそうと試みるが、耳元の髪を微かに揺らしただけだった。 「山科さんは『冬眠』って漢字で書ける?」 「そのくらい書けるさ。あまり私をなめないでもらいたい」 「もうとっくに春だよ。そろそろ起きようよ」 「ほんと春ってあったかくて最高だよね。二度寝しよ」 「いや起きろ」 「急に厳しい!」  彼女は驚いたように顔を上げて、あはは、と楽しそうに笑った。  その笑顔があまりに眩しくて、僕は咄嗟に目を逸らす。 「ん、どうしたの?」 「いや別に」  なんでもないよ、と首を横に振った。  それでも一度脳裏に焼き付いた表情を振り払うことはできない。春のように笑う人を僕は初めて見た。  ……まずいな。今、彼女の顔が直視できない。 「ごめん山科さん、ちょっと冬眠しててくれない?」 「もうとっくに春だよ、伏見くん」
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