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◇◇◇
六月十二日。
雨に閉じ込められた教室にはいつもより音が多い。男子は机でトランプをして盛り上がり、女子はファッション雑誌を見て黄色い声を上げていた。
「伏見くんは雨が好きなの?」
後ろの席から聞こえた山科さんの声に振り返る。
「え、なんで」
「なんかニヤニヤして外見てたから」
「変態みたいに言わないでよ」
「え、違うの?」
まだ出会って二ヶ月なのに随分な印象が付いているようだ。これは弁解しなければ、と僕は首を横に振る。
「違うよ。綺麗なものが好きなだけ」
「え、雨のどこが綺麗なの?」
「うーん、雨というか雲に見える」
「くも?」
彼女は首を傾げて疑問符を浮かべた。自分の視点を他人に晒すなんて、今までの僕なら絶対やらなかっただろうけど。
山科さんなら大丈夫かな、となんとなく思ったから。
「雨粒ひとつひとつが雲の欠片でさ、糸みたいに細い雲が地上に降り注いでる。そんな風に見えない?」
その時突然、男子のグループが雄叫びを上げた。驚いた女子たちがそれを叱責する。教室内には沢山の声が溢れた。
しかしその喧騒の中に、僕たちはいなかった。
「……そんなこと言う人はじめてかも」
「僕もはじめて誰かに言ったよ」
この教室の中で、僕と彼女だけが窓の外を向いていた。
そしてきっと同じ目で燦々と降る雨粒を見る。
この瞬間、僕たち二人だけが千切りにされた雲の中にいた。
「うん、綺麗だね」
呟くような声でそう言って、彼女は柔らかく微笑んだ。
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