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亜由美は俺との一件があったからこんな風に自分を見つめ直す事が出来たのだと俺に感謝してくれた。
俺にとっては亜由美が元気になり新たな一歩を踏み出してくれた事は嬉しいがでも感謝されるなんて俺にはそんな資格は無いと亜由美のその気持ちを押し返そうとしていた。
亜由美がまた前を向いて進もうとしてくれているがでもその反面誰にも咎められない自分が宙に浮いたままで。
そんな自分が気持ち悪くて情け無くて惨めだった。
亜由美が美味しそうにコーヒーを啜る姿を見れば見る程にサァッとまるで波が引くように体から体温が失われていくのを感じた。
その後、まだたっぷりとカップに残るコーヒーを口にする事は無く亜由美と別れたのだった。
「あ、お帰り拓。」
「あぁ…ただいま。今日は居たんだ。」
「うん。バイト休みの日だから。夕飯出来たら呼ぶね。」
「うん。」
バタン…。
拓は最近少し顔が疲れている様に感じた。
勉強にバイトに就活にデート…色々と忙しいのだろうか。
私もここの所は瞬一さんと会う機会が多くなり一花とは連絡も取ってはいなかった。
拓は一花と上手くいっているのだろうか。
私の中でそんな心配が生まれていた。
やっぱり家族だからお父さんも拓も少しの変化は気になるものだ。
徐にポケットからスマホを取り出し一花にメッセージを送る。
すると直ぐに返事が帰って来て今週末に実家に帰るので私がバイトの時に会おうと約束をした。
その時に拓の事を何か少しでも聞けたらと思うのであった。
土曜日───。
いつも通り私は作業着に身を包み朝から店頭に立って働いていた。
昼休憩で一花の部屋へお邪魔して一緒に話しながらご飯を食べる事になっている。
しかし土曜日ともなるとオープン直後からお客様がどんどん入って来てショーケースの中のケーキが気持ち良い程に売れていく。
土日はおじさんが普段よりも多めに焼くのだが今日は私の楽しみにしているお持ち帰りは無さそうだ。
次々に注文を聞きショーケースからトングを使って丁寧にトレーに乗せて箱に詰めてお会計をして。
そんな状況を見ていたおじさんが私の手伝いに回りながら裏では再び生地を作り始めていた。
やはりこの忙しさでもう一度焼くのだという事が分かり私も益々気合いを入れてお客様の対応に力を注ぐ。
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