episode 8

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ピンポン。 つい三十分前に頼んだ蕎麦屋の出前が来た。 はい…と橋本がインターホン越しに出て玄関に向かったがそんな橋本の手をこちらに引き寄せ代わりに俺が対応する。 蕎麦屋さんから受け取ったトレーに橋本の鶏南蛮そばと俺のカツ丼、そしてたくわんが添えられている。 テーブルにどんぶりを乗せ蓋を開けた。 「橋本~、すんごい良い匂いだよ。」 「本当だ。」 「蕎麦屋のカツ丼とかって蕎麦に使う出汁を多分使ってるからなのかかなり上手い印象があってさ。これも相当上手そう。橋本にも分けるから…蓋の上でも良い?」 「うん。」 カツ丼の蓋の上に少しよそって橋本に渡す。 そして俺は目の前のまだ湯気の立ち上るカツ丼をかっ込む。 一仕事終えた後のカツ丼はやはり美味しくて最高だった。 「ごめん、お茶出してなかったよな。」 「あぁ、拓…私さっき開けたペットボトルの麦茶があるからこれ飲むよ。だから拓のだけで。」 「そっか。だったら俺もペットボトルまだ残りあるからそれ飲むよ。」 「うん。お茶の用意してたらカツ丼冷めちゃうし…。」 「だな。」 その会話を最後に二人は黙々と口に運び食べ終わる迄一言も話をしなかった。 腹も満たされベッドに寄り掛かり積まれた段ボールを見回しながら橋本に話掛ける。 「おばさんまだそんなに腰調子悪いんだな。」 「うん。整形外科にも通ってるから前よりかは痛みも無いんだけどまだ今一つみたいでさ。横になってる時の方が楽みたいだから夜も早く寝ちゃうの。だからこの間のあの一件はお母さんも分からなかったみたいだよ。」 「そうか。けど、おじさんもおばさんも橋本が帰って来てくれるから嬉しいだろうな。ネット販売の会議も直ぐに開けるしそれに橋本にも会いたい時に会えそうだしな。」 「…。」 橋本は俯いたまま床をじっと見ていた。 「はは…疲れたよな。今日はゆっくり休んで。俺そろそろ帰るからさ。」   最後軽く唇にキスをして玄関へ向かい靴を履き出した。 「あっ、そうだ、出前の器外に出しとかないとな。」 履きかけの靴をまた脱いで器を取りに部屋の中へと歩き出した時グイッと腕を掴まれた。 「拓っ、良いから本当にもうっ、出来るのよ私っ、、!」 「え…?」  橋本が初めて俺に声を荒げた。 その声に俺は萎縮してただ橋本をじっと見つめる事しか出来なかった。 なんだか顔がきついな…。 「…怒ってる?ごめん、俺何かした?」 「あっ…違うの。拓は何もしてない。」 「ならどうして怒ってるの?」 「怒ってる訳じゃ無いんだ。ごめんね大きな声出して。実はずっと考えてたんだけどあの一件があって私が負傷した事を拓は自分のせいだと責任負いすぎてる。まだ腕の痛む私を思って荷造り手伝ってくれたりコーヒー入れてくれたり…有り難いと本当に思う。だけどね私は拓にもっと前を向いて欲しいの。過去の出来事を後悔するんじゃ無くてもっと前を。私のこのケガだって拓は直接的には関わっていないんだし。それに私拓が思ってる程弱くないからね。私にばっかり時間を割くんじゃなくて拓は拓でもっと外に目を向けて他の事を優先して欲しい。」 「だけどそれじゃあ俺の気持ちが収まらない…。」 「あのさ…拓。私達少し距離を置かない?」 「距離って…。」 「暫くの間会わないで居ようって意味。」 「何でっ、引っ越し手伝いたいしそれに、、」 「ありがとう拓。気持ちは嬉しいよ。だけどね拓は今自分が何を一番にやらなければならないのかを考えないといけない。私に構ってばかりは違う気がする。」 「大丈夫だよっ、大学も就活もバイトも全て上手くやってみせるか、、」 「拓っ。お願い。」 橋本は頑として意志を緩めなかった。
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