episode 8

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一花は暫くすると顔を上げて手の甲で涙をキュッと拭いて私に笑顔を見せてくれた。  私に全て吐き出せて泣けてすっきりしたと言ってメイクを直しに二階に上がって行った。 「美羽ちゃん。一花に夕飯どうするか聞いてくるからちょっと二階行ってくるね。」 次の瞬間奥からおじさんが出てきて階段に足を掛けたその時。 「あっ、おじさん!今はその、電話!彼と電話してるみたいなんで。」 私は咄嗟に小さな嘘をついた。 泣き顔はきっと親には見られたく無いものだから。 「そうなの?それは邪魔しちゃ悪いな。」 首に手を回しながらやれやれとした様子で再び奥に戻って行った。 私は安堵して小さくため息を漏らした。 おじさんが去った後の階段を見つめながら前に拓と一花が二階から下りて来た日の光景を思い出していた。 ふと何か心に引っ掛かる感覚を覚える。 こんな風になるのは久しぶりで決まって何時もそれには拓が絡んでいた。 関係ない。 一花と別れた拓がどうだとか考えても今の私には何の意味も無い。 家族の、弟の拓が失恋したってだけ。 『女の子なんて星の数程居るんだから次、次行こう。』 なんて姉として弟の背中をバンと叩いたりして渇を入れてあげるのが良く聞く話だったりする。 だから帰ったら拓の部屋に一目散に向かってその言葉を放って、それから背中の一発や二発叩いて、それから、それから…拓…。 拓に会いたい。 そんな思いが頭を駆け巡る。 私は拓が心配で仕方が無かった。 ブブブ。 ポケットに入れたスマホが振動していた。 店内にはお客様もおらず下の方で画面を確認する。 もしかしたら拓かもしれないとそんな思いも混ざりながら。 けれどそれは拓では無く瞬一さんからだった。 はっとしてスマホを慌ててポケットにしまった。 拓を心配する私を瞬一さんに見られてしまった様な後ろめたい気持ちに襲われてしまったのだった。
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