episode 8

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翌朝。    私達は揃って少し寝坊をしてしまった。 起きて顔を洗って化粧をするだけで精一杯でコーヒーを飲んでいる時間は無かった為会社のデスクでゆっくり飲む事にした。 昨日吞み過ぎたせいなのかそれとも泣いたからなのか頭が痛かった。 瞬一さんも支度に追われ昨夜の事を話す素振りは見せなかった。 お互いに一言二言会話をしただけで家を後にし電車に乗った。 会社の最寄り駅迄の間にさえ瞬一さんは何も聞いては来なかった。 それとなく顔を見上げてみても笑ってるでも無ければ怒ってる訳でも無くて感情が読み取れ無いまま駅に降りた。 駅に降りてからは何処で誰に見られているか分からない為会社の人達にバレないように瞬一さんとの間に距離を取りながら歩く。 お泊まりした翌日は何時もこんな感じで私達は出勤していた。 同じ会社だと噂話は信じられない早さで広まり、それは誰もが欲しがる好物だ。 下手をすれば会社でぼっちになる可能性だってある訳で。 そんなリスクを負いながら私達は付き合っているのだと改めて思い知らされるのがこんな朝だった。 でも今朝は少し違う感じを覚えながら瞬一さんの背中を離れた所から見つめていた。 前を歩く彼と私のこのもどかしい距離はまるで二人の心に出来た隙間の様に思えてならなかった。 私達は寝坊してしまったけれど拓はちゃんと起きて大学に行けたかな…。 一花と別れたと聞いてから拓が頭から離れていかなかった。 昨夜の二人の時もそうだ。 いきなり私の中に現れた拓はとても悲しい顔をしてこちらを見つめて来た。 私は拓を手の届かない胸の奥底にしまい込み拓は拓で私から離れて行ってもう二人は家族であり本当に姉と弟になったのにどうして私にまた拓は現れたの? 拓が私に与えた体の芯から感じるあの喜びを私の肌はまだ覚えているのよ。 だけど今は彼が私を包んでくれるからそんな事考えても思っても駄目なの。 だからお願い。    もうこれ以上は私の中に現れないでいて。 そうしてくれないと今迄私が家族を守る為にやって来た事が全部意味が無くなってしまう。 お父さんが大事にしているこの三人の家族。 カツ…カツ…カ…ツ。はぁ、はぁ… カツカツとアスファルトに当たるヒールの音がゆっくりと響く。 寝坊して早く会社に行かなければと朝から忙しなく動いてたから? アルコールがまだ残っていたから? 瞬一さんの背中を追い掛ける様に歩いていたから? …どれも違う。 苦しい…苦しい…私は私が苦しい… 苦しい…拓…
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