episode 8

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かれこれ二時間が経とうとしていた。 俺はその間ずっと側に居て美羽の様子を見守った。 相変わらず肩で息を繰り返ししているが譫言は言わなくなってきた。 美羽の頬を手の甲で触れるとまだ熱い。 額に貼られた冷却シートは説明書きに十時間もつと記されてはいるが余りにも高熱な美羽にはもう効き目もとっくに弱まっていそうな気がして新しい物をリビングに取りに行く事にした。 リビングの床に広げっぱなしの薬箱から冷却シートを取り出して立ち上がったその時美羽の鞄の中のスマホが振動した。 俺が持って行った所で美羽は出られる状況では無い為そのまま切れるのを待つかの様に自分のスマホをいじりだした。 敏樹から吞み会のメッセージが一件とバイト先の店長からシフトの連絡が来ていた。 それを確認していると振動が収まり着信が切れたのだと察知した。 そして俺は冷蔵庫を開けて自分の分と美羽の分のミネラルウォーターを抱える様に持ち扉を閉めるとまた鞄越しにスマホの振動音が耳に入った。 もし同じ人物が立て続けに電話を寄越しているならば何か緊急な事なのかもしれないと思い俺はミネラルウォーターと冷却シートを床に置き控え目に美羽の鞄に手を入れスマホを取り出した。 『神谷瞬一』 久しぶりに思い出したこの名前を無表情で見つめる。 同じ会社に勤める神谷さんが美羽に直接何の用があるんだ…仕事の話かそれともプライベートか…。 そんな事を考えているとまたブッと切れてしまった。 とりあえず俺は美羽のスマホも持って部屋に戻った。 袋から冷却シートを出して額にあるのと取り替えて熱も測ってみる。 39.1℃。 まだ高い。 けれど薬が効いているのか下がっては来ている事に安堵し病院には行かなくても大丈夫そうだと判断した。 そうだタオル…。 美羽の額の汗を見て思い出す。 タオルも取って来なければと今度は洗面所へと立ち上がった時サイドテーブルに置いた美羽のスマホがまた振動した。 着信は神谷さん。 「───はい。」 「あれ?あ…どなたですか?」 「拓哉です。」 「弟君かっ、何だびっくりした。お姉さんそこに居る?」 「居ますが寝てるので話せません。」 「そうか、そうだよな。お姉さん体調どんな感じかな?」 「高熱を出してずっと眠ってます。でも俺がタイミング良く家に居たので着替えも薬も全部やりましたから心配しなくて平気です。明日会社に行けるかは分かりませんが。今夜は美羽の側にずっと居るつもりなんで美羽が目を覚ましたら電話があった事は伝えます…伝言はありますか?」 「そう…か。分かった…あぁ、昨夜俺の家に来た時に弟君にビール持って帰ってもらおうと思ってたんだけど今朝お互いにバタバタしててお姉さんビール持って行ったか確認出来なくて。受け取ったかなビール。」 「…いえ。」 「やっぱりな。まぁ腐るもんじゃないしまた今度持ってってもらうよ。じゃあお大事にって一言伝えておいてくれるかな。」 「良いですよ、伝えます。それじゃあ。」 俺は終始淡々とした喋り方で神谷さんとの電話を終わらせた。 だけど神谷さんと会話を交わせば交わす程もう必要の無い敵対心が込み上がって来てしまったのは神谷さんが遠回しに美羽と付き合っていると俺に言ってきたからだ。 スマホを握りしめ美羽の方に近付く。 目をつぶりそこに横になっているのは神谷さんに全てを預けた美羽。 赤い口元に指で優しく触れる。 あの時と変わらない柔らかな美羽の唇。
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