episode 8

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「ん…。」 ハッとして我に返ると唇に触れていた手を引っ込めて洗面所へタオルを取りに向かった。 橋本と別れたばかりでどうかしていると頭をクシャッとかいた。 タオルを棚から取りふと時計を見るともう昼をとっくに過ぎていて自分の昼御飯を忘れていた。 もうすぐ夕方で夕飯迄待とうかとも思ったがやはりお腹は空いていたので冷蔵庫にある物で直ぐに食べられる物を探した。 きっと美羽も食べていないよな…。 あんな高熱で食欲なんか湧かないとは思うが体力が奪われては治るものも治らない。 卵、たくわん、梅干し、ウィンナー、ハム、ヨーグルト…どれも朝食用の食材だ。 美羽が最近タッパーに入れて作り置きしておいてくれるおかずは昨日父さんと二人で食べきってしまったばかりだった。 試しに冷凍庫も開けると小分けにされた白米が何個かあった。    白米と卵で卵粥作るか。 そうすれば美羽も食べられそうだな。 一度だって料理経験の無い俺はスマホで調べながら作ってみる事にしたのだった。 ────────。 グツグツと音を立てながら鍋から出汁の香りがふわっとしてくる。 トロリとした見た目が何とも美味しそうで最後に溶き卵を混ぜて完成させた。 水分を含んだせいで大量に出来上がってしまい何なら父さんの分だってあるそのお粥を自分の茶碗に入れていく。 梅干しも乗せようと思いつき冷蔵庫から取り出し一粒真ん中にポツンと乗せた。 テーブルに運びレンゲも用意して誰も居ないリビングで呟く様にして頂きますと言って食べ始めた。 うん…と初めてにしては納得のいく味に満足した。 ガチャッ…。 扉を開ける音がした。 食べるのを中断してリビングから出ると美羽が部屋を出る所だった。 「美羽っ、大丈夫か?歩けそうか?」 俺は美羽の腕を支えながら話し掛ける。 「拓…ありがとう。トイレに行きたくて。」 力の無い声でそう口にした。 「分かった。じゃあトイレの前まで支えて行く。」 美羽に合わせて一歩一歩ゆっくり踏み出しながら付き添った。 少ししてトイレから出て来るとまた腕を取り支えながら部屋に行きベッドに寝かせて布団を掛けた。 スッと美羽の額に手を当てて熱の具合をみるとさっきよりも引いている感じがした。 体温計を渡して今度は美羽が自分で脇に挟み音がするのを待って俺に見せた。 37.7℃。 薬がどんどん効いてきているのが嬉しくなった。    美羽もまだ腫れぼったい目を向けつつも俺をしっかりと捉えているのが確認出来た。 「今。良い匂いがした…廊下で。出汁の匂い?」 美羽がトロンとした目で俺にそう言ってきた。 「お腹空いてもう夕方近いけど昼飯作ってみた。美羽の分もあるから。卵粥。」 「わぁ…食べたいな。拓の手料理。」 「食欲有るの?」 「そこまで沢山は食べられないかもしれないけれど食べたいの拓の手料理がどうしても。」 そう俺に言うとムクッと起き上がり布団から足を出した。 俺は咄嗟に椅子に掛けてあったカーディガンを華奢な美羽の肩に掛けた。 するとニコリと微笑んでありがとうと言った。    こんな風に美羽に笑顔を向けられる毎日から遠ざかっていたせいで恥ずかしくて思わず目を反らしてしまった。   こんなに可愛かったのかとそんな事を思いながら…。
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