episode 8

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まだ熱を持つ美羽の体を手の平で感じながら俺はずっと背中をさすっていた。 しゃくり返る様に泣く美羽は昔の俺の腕の中で泣いたあの頃の美羽だった。 確か橋本のお母さんを死んだ自分のお母さんに重ね合わせ悲しくて。 あの後美羽はこんな風に体調を崩して熱を出していたっけ。 精神的バランスがきっと崩れたんだ。 仕事も神谷さんとも特に問題はなさそうと言った口ぶりだったけど。 俺もそうだけど風邪をあまりひかない美羽がひくなんてよっぽど…。 ふと美羽の譫言が頭を過る。 俺か…? 背中をさする手が止まった。 俺を心配してなんて…だけど俺は血の繋がらないで美羽が体調を崩してまで思われる存在でも無いのに。 勿論、俺や父さんを含んだを大事にしているのは十分に分かってはいる。 一人残された美羽にとってはかけがえのない物だから。 だけど美羽にとって精神的バランスを狂わす程の存在が俺だとしたらどうなる? もしそれが本当ならば美羽の中で俺はどう映っているのか。 美羽…。 お互い家族として一線を引いたからにはそう簡単には無下に出来ない。 それは美羽だって分かっているはず。 けど────。 閉じ込めたあの想いが動き出してしまえば俺はもう引き返せはしない。 もう二度と。 胸から美羽の顔を離し指で流れる涙を拭きながら目と目で会話をする。 するとギュッと俺の服を握りしめる美羽。 「ありがとう美羽。」 「うっ…う…。」 「もしかして橋本から聞いたの?俺の事。」 コクリと頷く。 「そうかなと思った。美羽は昔からどんな時だって俺の味方だよな。」 「拓も…ひっく、私の味方だっ…た。」 「はは…そうだったっけ。」 スッと美羽が俺の胸に耳を当てる。 「拓のこのトクトクする音…安心する。」 「初めてそんな事言われた。第一美羽にこんなに直接聞かれた事なんて無いだろ?今迄。」 「沢山あったじゃない。覚えて無いの拓…悲しいな。」 「え、あ…何かごめん。ごめん美羽。」 「ふふ。毎朝のエレベーターの中や通勤電車の中で人混みに押し潰されない様に守ってくれていたの忘れちゃった?」 「そうか。無意識に体が動いてやってたからな…。」 美羽が俺の顔を見上げる。 「拓の胸の中でこうやって私は何時も包まれていた。」 鼓動がどんどん早くなり美羽に聞かれてしまわない様に深く息を吸い込んだ。 「美羽が俺の味方だっていう事思い出したから何か救われた。」 「ううん。」 「ありがとう美羽。」 「何時もの拓の顔だ。はぁ…良かった。」 そう言うと俺の胸におでこをこすり付け安堵した美羽。 そんな美羽を俺は優しく包み込んだ。
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