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スカートのポケットに手を入れ電話に出る亜由美。
「はい、もしもし。お母さんどうしたの?え?ちょっと、落ち着いて…うん…うん…わ、分かった。今すぐ帰るから。じゃね。」
様子がおかしい…亜由美のお母さんに何かあったのだろうか?
「どうした亜由美。」
「なんか、田舎のお祖母ちゃんが階段で転んで頭を少し打ったんだって。だから今からお母さんと行かないと…。」
「そう…か。そっちの方が遙かに大事だもんな。」
行きたいのだけれど行けない…なんとも複雑な顔をしている亜由美。
すると再び着信音が鳴る。
「お母さんどうしたの?まだ大学の駅だよ。うん…そう…分かった待ってる。」
小さな溜息をもらす亜由美は眉を下げた表情で。
「お母さん車でここまで迎えに来るって。拓…一人で帰って良いよ。」
そう言うと車道の方へ靴擦れした方の足をかばいながらゆっくりと歩き出した。
俺と亜由美の距離が少しずつ離れて行っても亜由美は一度もこちらを振り向かずに行ってしまった。
策があった訳でも無いのに結果こんな形で一人帰る事になってしまった状況に何故だか少し罪悪感を覚えていた。
そんな気持ちを感じながら俺は亜由美の姿が人混みに消えて行ったのを見届けると改札をくぐり家路へと戻った。
「あ、拓お帰り。」
「ただいま…ん?美羽も帰って来たばっかり?」
美羽はまだスーツ姿でキッチンに立っている。
「うん、そうなの。ちょっと待っててね…ってあれ?お友達は居ないの?」
「あぁ、そう。急用出来て帰ったから俺だけ。何か慌ただしくしてごめん。」
「そっか。全然大丈夫だけど拓のお友達会いたかったな私。今度連れて来てね。」
美羽がわざと目をクリクリさせて俺にアピールしてくる。
「ただの友達だからな。俺が連れて来るとしたら。じゃ、着替えてくるな。」
「なんだ。恥ずかしがっちゃって。」
美羽の言葉を背中で聞きながら部屋へ行きラフな格好に着替える。
『今度連れて来てね…。』
美羽はどんな想いで俺にあんな風に言ってきたんだろうか。
はは…。
考える間もないか。
“姉”として言ったんだよな。
俺だって分かってるじゃないか。
何を今更疑問に思う?
そうなんだ。
美羽はこの家の家族になってから自分の立場を一番理解している。
俺の“姉”として務めようと。
けれど今みたいに言葉の節々にその明確な意志がたまに見え隠れする度に俺は美羽へのくすぶっている想いにたまらなく歯がゆさを感じてならない。
最近では美羽に対する想いに歯止めがきかなくなりそうな瞬間があったりで自分の理性に自信が持てない。
またあの頃の自分に戻ってしまいそうで。
怖いんだ─────。
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