episode 9

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神谷さんの口から思っても無い言葉が放たれ俺は何も言い返せない。 顔を合わせれば何が何でも俺から美羽を奪ってやろうと煽って来たあの神谷さんが。 俺が二人をどう思おうが貴方は俺なんか無視して美羽と幸せになるんじゃないのかよ。 そうだよ、俺なんか眼中に無いんだから勝手に幸せな結婚でもすればい…、、 俺と美羽って何だ。 神谷さんの言葉が引っ掛かる。 「美羽と一緒になって良いものならそうしたいに決まってる。俺は美羽を愛してるから。だけど…無理かもしれない。」 「何時になく弱気なんて神谷さんらしくないですね。」 「弱気か…。そう取られてしまってもしょうが無いかもしれないな。」  「神谷さん風邪でもひいたんですか?言ってる事が後ろ向きな事ばかりで調子狂いますよ。」   「気付いているのか君は。」 「何をですか?」 「俺の口からこんな事言いたくも無いけどな。」 「だから何をですか?」 「美羽の心に君が居る。俺が美羽を好きになるずっと前から。それは間違いないと思う…悔しいけど。」 神谷さんから言われ無くても何となく俺だって分かりかけていたのだと心の声でそう言った。   そして神谷さんの悲し気な表情を複雑な気持ちで見ている俺。 すると次の瞬間目にクッと力が入った顔を向けて来た。 「美羽の心の中に君が居るんじゃ例え物分かりの良い美羽が俺と一緒になると首を縦に振ってくれても意味が無い。君から幾ら美羽を離せたからと言っても君と美羽二人の気持ちが通っていたなら俺の隣で笑う美羽は一体何なんだ?その笑顔は俺に微笑み掛けてなんか無くて瞳の奥のその先は何時だって君を見つめ想っている。」 「…。」 「俺は美羽を大切にする自信がある。他の女性に目移りなんて美羽を好きになってから一度もそんな気は起きないししようとも思わない。美羽が居てくれるお陰で仕事が頑張れて毎日が楽しい。とにかく俺は美羽が全てなんだ。美羽の存在が愛おしい。」 神谷さんから嘘偽りの無い美羽への想いが伝わって来る。 「好きで…大好きでやっと俺の手の中に収めた美羽を少しも離したくは無い。特に君には。」 「…。」 「黙ったままだな。そっちこそいつもの威勢は何処行った?」 自分を棚に上げて何を言ってるんだか。 カチンと来て鋭い目で神谷さんを見る。 「駄目なんだよ俺だけの想いだけじゃ。俺の腕の中で幾ら一杯にしたって美羽の心の奥迄は満たせなかったんだ。それにこの間気付かされた。そしてそんな美羽とは残念だけど一緒にはなれない。でも美羽には幸せになって欲しいと思うし憧れるも行く行くは作って欲しいとさえ願っている。」 俺は表情を緩める。 「拓哉君。」 「…はい。」 「家族という形にこだわり過ぎて大事な気持ちをおろそかにだけはするなよ。」 「…。」   「また黙るっ。はぁ。核心を突くと話さなくなるな君は。さっきから君の美羽に対する本音を聞きたくて俺があんなに熱く語ったって言うのに。」 神谷さんはため息交じりで話す。 「俺と同じ様に自分に素直になれ。それで周りが口出し出来ない位に認めさせろ。家族と言う二文字に囚われ過ぎているだけで君と美羽は一切血は繋がっていないんだから。君が…そして美羽のどちらかが殻を破らない限り君達二人に残された道は後悔だけだ。俺だったらそんなつまらない道は選ばない。」 「俺だけそんな風に…わがままにはなれない。」 「何がわがままなんだよっ!わがままってのはな、人をこれっぽっちも思わずただ振り回すだけの身勝手がする事だ。君は違うだろ?美羽を心底想って自分を閉じ込めているだけじゃないか。」 「っ。」 「君も美羽も自分なんかよりも相手を思いやれる優しい人間なんだよな…俺には真似できないな。ま、長々とすまなかった。転勤前に俺の気持ちを吐き出せて良かったと思ってる。俺からはそれだけだからもう君にも会う機会も無いだろうな。じゃあまた。」 「あの…。」 「ん?」 「ありがとう…御座いました。」 俺の言葉に神谷さんはクスッと笑った。 「後悔なんてするなよ。何時だって全力で行け!」 神谷さんはクルリと背中を向け手を横で小さく振りながら帰って行った。  
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