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車内は空席が目立つ程空いていて俺と美羽は三人掛けの席に腰を下ろした。
向かいの席には誰も座っては居なくて外の景色が良く見えた。
俺は美羽の手を握ったまま二人はその海での思い出話に花を咲かせていく。
「美羽確か水着忘れたよな。」
「そうそう…あぁ~あの日はお弁当作りに張り切り過ぎて持ち物最後に確認するの忘れたんだった。」
「前日にプールバックに色々詰め込んでるの見たぞ俺。」
「用意してたよ。」
「だよな。何で忘れたの?」
「水着も引き出しから取り出してビニール袋に入れてプールバックの一番上にポンと置いたのは覚えてたんだけどゴーグルを入れたかどうかの確認をしてた時に一旦上の荷物を床に置いてそのまま水着の袋だけ戻さなかったっていう私のおっちょこちょいです。」
「はは。水着忘れて今にも泣き出しそうな顔の美羽を見て父さんが慌てて水着買いに走ったっけ。だけど初めて俺達に作ってくれた手作り弁当は本当に美味かった。卵焼きの味が忘れられなくて今でも覚えてる。」
「作ったね卵焼き。あの日を境に料理の面白さに目覚めたんだよね私。」
「そうだったのか。でも男二人の味気ない食卓に毎日彩り豊かな料理が並ぶ様になって食事の時間を密かに楽しみにしてたんだ俺。美羽がキッチンに立つとさ良い匂いが部屋までしてきて今日は何かなって想像しながら宿題してたな…そんな美羽の作ってくれるご飯が余りにも美味くて父さんが太ったって言ってなかった?」
「言ってたね。ふふふ…。」
「…。」
「…。」
ずっと思い描いていた。
外で手を繋いで美羽とくだらない話で笑ったり恋人がする普通の事。
誰も座っていない座席の窓に美羽の手を握りしめる俺の手が嬉しそうに見えた。
俺達は後の事なんて話さなかった。
美羽も俺も考えている事はきっと同じだった。
きっとお互いがお互いを分かっているんだ。
話さなければいけない事がある事を。
家族や父さん。
少しでも口にするのが怖くて。
けど。
今だけは何も考えず二人でただこうしていたかった。
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