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歯ブラシに歯磨き粉をたっぷりのせてシャカシャカと念入りに磨いていくその手は何時もよりも力が入っている事に気が付く。
何十年も一つ屋根の下で暮らしていてたまに父さんが残業の時にリビングで美羽と二人きりの夜があったりしてもこんなに緊張する事は無かったのに。
そりゃ何時かは大好きな美羽を…なんて何回も何十回も思ってはいた。
そんな叶わない夢を見ていたあの頃の俺の想いが今夜…いやそうなる前にきちんともう一度美羽に気持ちを確認しよう。
俺を好きだと言った美羽を信じられない訳では決してない。
ただ俺が美羽を自分のものにした後に美羽の気持ちが揺らぐ事があればそれこそ俺は多分もう立ち直れない。
美羽を本当の意味で失うから。
一度大切なものを手に入れてそれを無くした喪失感に耐えられはしない。
そんな事を考えながらの歯磨きは余計に時間が掛かってしまい美羽に変に思われてしまっていないかと慌てて口をゆすいだ。
部屋に戻ると美羽は肩にカーディガンを掛けながら布団の上でスマホをいじっていた。
美羽を横目に俺も自分の布団の方に腰を下ろすと目覚まし時計を設定する為スマホを出した。
「そうだ、さっきおばさんからもらった時刻表見るとだいたい明日は朝五時半起きで準備してって感じだね。早く寝ないとだね。」
「そうだな。今日はお酒も呑んでないし朝も割とすっきり起きられると思うけど。」
「うん。」
───。
「…ねぇ美羽。」
俺は少し美羽に近づいて向き合うと美羽はスマホから顔を上げて俺の目をしっかりと見つめた。
「何?」
「美羽にやっと好きって言ってもらえて俺本当に嬉しかった。」
「うん。」
「美羽の事を子供の頃から好きだった。あの日美羽がボストンバッグを手に家に来た時からずっと。多分一目惚れだった。だけど美羽と毎日一緒に過ごすうちに一目惚れなんてフワッとしたものでは無くて美羽の中身もどんどん好きになって行った。」
俺は美羽の手をスマホから離して両手で包み込む。
「それで一つ聞きたい事が美羽にある。」
包み込んだ美羽の手をギュッと握る。
「美羽の中にもう俺以外の人は居ない?」
「居ないよ。拓だけ。」
「ごめん…いきなりこんな事聞いて。俺さ今美羽と二人で居られる事がまだ信じられ無くて。だから美羽の口から聞いておきたかったんだ。いや、だってさ十年近くも片想いしててその恋が叶うなんてまだ実感湧かなくて正直…って言うのもあるけど本心は、本心はその…」
口籠もっている俺に美羽は優しくキスをくれた。
「長い間。本当に長い間私を見てくれていてありがとう。もう拓を待たせる事も無ければ不安にさせる事も無いよ。」
すると美羽の両手が離れたかと思うと今度は両手で俺の頭を自分の胸元で包み受け止める。
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