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episode 3
私は化粧品会社に勤めている。
営業アシスタントで営業の方の持って来る仕事のお手伝いをしている。
商業高校を卒業して直ぐに入社した私は周りの沢山の先輩達にお世話になり今では仕事も大分覚えた。
その当時私に一から仕事を教えてくれていた先輩が寿退社をして先日、異動して来た神谷さんと今は机を並べている。
神谷さんは私より八つ上で営業のせいか爽やかで感じの良い大人の男性だ。
席でキーボードを打っていると左の視界に何かが見えた。
「高井さん。顔、顔。」
横を振り向くと神谷さんが人差し指と親指をチョロチョロと顔の前で動かしていた。
「眉間にしわ寄ってるよ。そのチョコでも食べて少し休憩しなよ。さっきからずっとやってるからさ。」
「ありがとうございます。しかも好きな銘柄の。嬉しいです。なかなかこれ売ってる場所迄遠くて行けなくて。」
「え?これもうデパートとかに入ってるよ確か。高井さん知らない?」
「そ、そうなんですか?私普段デパートなんて高価で買う物も無いので行かないんですよね。」
「まっ、そう言う俺もあんまり行かないけどさ。」
「特売日とか見ると例え三つ先のスーパーでも買い求めに行く位です…その代わり帰りの電車が荷物で大変な事になってます。袋から葱飛び出してたり。」
「そりゃ凄いな。ガッツあるね。性格出てるよ買い物にも。てかさ、車で行けば楽なんじゃ無いの?車ある?」
「車は持って無いので移動は電車しかなくて。その内貯金でもして買えたらもっと世界も広がって趣味なんかも持てたりするのかな…なんて。」
「そうだったんだ。じゃあ彼氏に乗せてってもらえば?」
「残念ながら居ないんですよ…あ~美味しい。」
私は舌の上でゆっくりとなめらかにとろけていくチョコを味わいながら束の間の幸せを噛みしめる。
「その顔最高。こっちも食べたくなる。俺も食べよっと。」
銀色の包み紙を開けるとパクリと口の中へ放り込む。
「あ~美味しい~…あはは、真似してみた。」
ニカッと笑うと目尻に出来る笑い皺が前から気に入っている。
そんな神谷さんに私もつられて笑顔になってしまう。
「そうだよ、それそれ!ほらやっぱり可愛い。」
カァ~ッ…。
「可愛く無いですよ…神谷さんさらっとそういうお世辞言うから心の準備が出来ないんですよ。」
「はは。赤いよ顔。あ、じゃあ、ついでだから言うね高井さん。」
「何ですか?」
仕事中の皆に聞こえない様に少しボリュームを下げた声で。
「今度の休み俺の運転で特売日…はこの次にして、甘い物巡りしに行かない?」
「えっ、あの、えっと…はい?」
首をかしげて神谷さんが。
「はい?…はどっち?」
「あ、あの…行き、行きます。」
また目尻に皺を寄せて笑ってきた神谷さん。
「良し決まり!詳細は追って連絡するよ。あと俺車出すからバンバン買いな。あはは。」
「神谷~ちょっと。」
「あ、はい。」
じゃあ…とこちらに口パクで言って席を離れた神谷さんは部長の元へと向かった。
初めてだ。
あんな大人の男性からスマートにさらりと遊びに誘われたのは。
少しびっくりしてしまった。
大人の余裕を目の当たりにした私だけれどもはやドラマの世界と差ほど変わりない。
そして何だろうこの安心感。
私は口の中でわずかに残るチョコの香りと共にこの心地良い気分に暫くの間浸ってしまっていた。
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