episode 3

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器の中にはまだ麺が残っているけれど神谷さんの私を見る目が気になってさっきみたいに啜れなくなってしまっていた。 数本割り箸にすくっては音を立てずに丁寧に口に運ぶを繰り返すけれどそんな事をしているお陰で熱々だったうどんもすっかり冷めてしまった。 しかもかなり神谷さんを待たせてしまっていて申し訳ない。 すると待ちくたびれたのか神谷さんはスマホをいじりだした。 神谷さんの目が私から離れている今ならもう熱く無いし啜って食べてしまおうとガバッと麺をすくったその時。 「あっ、高井さんごめん。一本電話入れて来ても良い?」 「はい、どうぞ。」 そう言って席を立ち店の外へと出て行った。 神谷さんの居ない隙に私は思い切り音を立てながら器に残った全ての麺を啜った。 ぷはぁ。   …。 神谷さんは大人で優しくて格好良くて文句のつけようがない素敵な男性で…そんな神谷さんの一挙手一投足に私は朝から動揺し過ぎて自分が恥ずかしくてたまらない。 世間一般的には神谷さんみたいな人は当然彼女も居るはずなのだけれどそこの所は私はまだ聞いた事も無いし聞く勇気も持っていない。 今朝は確かに神谷さんの口からと言う言葉は出たには出たけどまだ私は神谷さんの彼女でも無ければ友達ですら無く会社の後輩という立場のまま。 それに神谷さんの様に素敵な男性は遊んでいる訳では無いにしてもこうやって私の様に美味しい物を食べに女性と遠くへ車を走らせる位日常の一部に過ぎないのだと思う。 ふと一人になったからなのかそれともお腹が満たされたからなのか朝から舞い上がっていた自分を客観視してみる。 神谷さんに胸が高鳴った事実が私にとって恋愛を意味するのか、それとも単に憧れているだけなのかはまだ分からないでいた。 数分して神谷さんが外から戻って来たので定員さんに声を掛けて本命のデザートを持って来てもらう様に頼んだ。 隣の席にいるお客さんを見ると子供連れの家族でまだ幼稚園位の幼い子も口をきな粉まみれにしながらわらび餅にかぶりついている。 「子供も大好きだよね。わらび餅って。」と私だけに聞こえる声で神谷さんが言う。 私も同じ事を考えていた。 斜め前の席のお客さんも夢中になって食べているのが見えて甘い物は別腹の私は既にうどんの事など忘れてしまっていた。
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