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その後会社を後にした私達は駅迄の道のりを何処かぎこちなく、けれど何とか会話を繋げ様とする神谷さんに応えながら歩を進めた。
付き合ってもいない内からキスをしてしまうなんて私にとっては大事件だった。
拓とのあの夜を除いては。
私の中で拓との事は何て言うかもっと重大で
深くて沢山の思いが交錯しているから。
一言で済まない…もしかしたら私達が一緒に過ごしてきた長い時間が無いものになってしまうかもしれない。
そんな気がしていた。
「じゃ、お疲れ様。また明日会社で。」
「手伝って頂きありがとうございました。今度ご飯御馳走させて下さい。」
「はは。分かった。お休み。」
「お休みなさい。」
駅で神谷さんと別れ少しホッとした私は電車に乗り家に向かった。
電車を下りて夜道を歩きながら私は一つに括っていた髪を解いた。
夜風がひんやり髪の間を抜けて疲れた頭がクールダウンされていく様で気持ち良かった。
ふとまた神谷さんの事を考える。
自分の中で神谷さんに対する思いが分からない内にキスをされて以前にも増してその思いが複雑化してしまっていた。
どちらにせよ早く答を出して神谷さんに伝えないと失礼だしまたあんな風になったら流石に仕事もし辛くなる。
拓と神谷さんの事。
そして大事な仕事と私は既に頭が容量オーバーだった。
ガチャリ。
玄関を開けると拓の靴だけ。
この時間に帰って来てないとなるとお父さんは残業だ。
そう言えばさっきの拓からの電話は一体何の用だったのだろう。
あれから拓とすれ違う位であまりきちんと顔を合わせてはいなかったけれど電話の件がどうしても気になり思い切って拓の部屋をノックした。
「拓。居る?」
「うん。」
「開けるよ?」
「…うん。」
私はじわり汗ばんだ手でドアノブを掴みゆっくりと開けた。
───私は息を呑んだ。
白いワイシャツに袖を通し襟元を手で気にしながら鏡の前で支度をしている拓に。
立ち尽くす私。
「どうしたの?」
「あっ、え、拓これから何処か行くの?」
「え?あぁ、違う違う。これ敏樹がくれたシャツ着てみただけ。これから面接とかで使うから。」
「そうだったんだ。似合ってる。あのさ、さっき電話出られ無くてごめんね。何か用事あった?」
頭から背中にかけての曲線美に思わず見とれながら私は電話の件を話し出した。
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