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遠目で一花のケーキ屋さんが見えてきた。
けれど近づくにつれて何時もと店の様子に違和感を感じる。
お店の前に必ず立ててあるお薦めの書かれたボードが無くて入り口を彩り豊かに飾っているお花の鉢も無かった。
外から店内を覗いてみてもライトが一つ二つ点いているだけで人の姿を感じられない。
恐る恐る店内へ入り「こんにちは。」と一声掛けてみる。
すると奥の作業スペースからひょっこりと中年の男性が顔を出した。
「あれ?あ、美羽ちゃん。」
一花のお父さんが私に気が付き出て来てくれた。
「こんにちは。今日はもしかしてもう閉店なんですか?何時もより早いですね。」
ショーケースの中のケーキはまぁまぁ残っている。
「そうなんだ、今日は早いけど店じまいする事にしてね…ちょっと疲れちゃってさ、はは。」
そう言えばおばさんが居ないな…。
「おじさん。おばさんはお出かけですか?」
「いやぁ~それがさ。ぎっくり腰やっちゃって寝てるんだよ今。そんな訳で朝から俺一人で動いてたもんだから流石にクタクタでさ。お互い歳には勝てないよね。」
「それは大変でしたね。そっか、だから早めの店じまいなんですね。」
疲れきった顔でうんうんと頷くお父さん。
「美羽ちゃんは何処か出かけてたの?」
「はい。実はお金が貯まったら一人暮らしする予定で少し早いですけど物件探しをして来ました。」
「そうだったんだ。一花と違って働いて自活迄するなんて立派立派!一花に聞かせてやりたいよ。」
「いえそんな事無いです…ん?」
急におじさんは腕を組んで何やら考え事を始めた。
「う~ん。あのさ、もし美羽ちゃんが良ければその一人暮らしの資金集めに協力させてもらえないかな?って言っても女房の腰が治るまでここでアルバイトしてもらいたいって言う話なんだけど…どうかな?」
「あっ、はいっ!是非やらせて下さい!私で良ければ。」
「本当に!?わぁ、助かった~。いやさ、一花に手伝ってもらおうとしたんだけど大学のテストとかもあって忙しいみたいでさ。だから美羽ちゃんが来てくれるのは俺の知っている子だしその点も良かったよ。早速来週から来られる?」
「はい。大丈夫です。よろしくお願いします。」
おじさんは安堵した表情を浮かべニコリと微笑んだ。
そんなこんなで私は一花のケーキ屋さんでおばさんのぎっくり腰が治るまでバイトをする事になった。
平日の昼は仕事がある為だいたい十八時から二十一時迄で土日は朝から夜迄入れる時はなるべく両方シフトを入れてもらえる事になった。
そしてその日私はショートケーキを二つ箱に入れてもらって店を後にした。
おじさんは代金を受け取ってはくれなかった。
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