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一花のケーキ屋さんでバイトを始めてから平日の半分は帰って夕飯が作れない為食材を買い込み時間を見つけて作り置きをしたりと家でも外でも多忙を極めていた。
冷蔵庫の棚は何種類ものおかずを詰めたタッパーで殆ど埋まってしまっていた。
拓も相変わらず大学にバイトにと殆ど家には居なくてすれ違いの日々を送っていた。
ケーキ屋さんで働いている事はお父さんにしか伝えてはいなくてその内流れで拓も自然と耳にする時を待つ様にあえてそうした。
何となく拓には言い辛かったから。
「別れよう。」
俺は大学の中庭に亜由美を呼び出して一言そう言った。
「…良いよ。」
案外すんなりと納得してくれた。
何時もみたいに泣きじゃくるのかと思ったが亜由美は表情を崩さず無表情のまま。
逆にこちらから良いの?と聞き返したくなる位にあっさりとしたものだった。
「じゃあ借りてた漫画とか拓の家のポストに入れておくから。」
「え、いいよ、亜由美にあげる。」
「借りてた物は返すから。」
「わ、分かった。」
「じゃあね。」
人が変わった様な雰囲気の亜由美に俺は戸惑いを隠せないでいた。
ふぅと深呼吸をすると手元の時計が十六時を指そうとしていた。
今日は橋本とまた会う約束をしている。
この前のネット販売について話がしたいとの事だった。
あの日俺が何気なく思いついて話した事がどうやら橋本の頭にずっと残っていたらしい。
本格的にやるのであれば今の時代殆どのお店がネット販売に手を付けている中で未だ店舗販売のみを続けてきたご両親の意思や意向なども考慮していかなければならないと思った。
二人だけで築き上げたお店には俺達なんかが想像出来ない位の色々な思いが詰まっていると思うから。
俺達が勝手にどうにか出来る事では決してない。
ましてや俺は他人で経営に口など挟めない。
軽い思いつきで発した言葉の重みをひしひしと感じながら橋本との待ち合わせ場所へ向かった。
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