episode 5

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開けていた窓の方から私の名前を呼ぶその主は私のよく知っている人だった。 両手にスーパーのビニール袋をぶら下げてポカンとした顔をしながら私を見る一花。 今日は休日で大学もないからきっとおばさんの変わりに手伝いか何かでまた来ていたのだろうと思った。 助手席から顔だけを出して話を始める。 「今日も実家戻ってたんだね。」 「そうなの。そこのスーパーで大量に買い物しに行ってたとこ。」 「一花偉いね。おばさんもおじさんも助かってると思うよ。」 「うん。毎日は来れないから手伝える時に買い物とか少し家事もやったりしてるの…あっ、こんにちは。」 奥の運転席に居る神谷さんに向かって挨拶をする一花は話をしている間何回も神谷さんをチラチラと気にしていた。 こんにちはとハンドルに腕を乗せながら軽く会釈をする神谷さんは誰もが認める大人の爽やかな笑顔を見せていた。 一花も軽く頭を下げると頬がピンク色に染め上がっていく。 「家の前に車止めてどうしたの?」 「あのね、私がバイトしてるケーキ屋さんが見たいとの事だったから来たの。」 「う…ん。でも今日は定休日だよ美羽。お父さんに聞いてないの?ケーキ買えないよ?」 「定休日は知ってた。ケーキ買えないのを承知で来たの。神谷さん男性だけど甘いの好きだから一花ん家のケーキここら辺じゃ一番美味しいですよって言ったら今度買いにここ迄来てくれるんだって。」 「一番だなんて言い過ぎだよ…はは。」 「その一番のケーキを本当に近々買いに行かせてもらいます。」 二人の会話に奥から顔を出して神谷さんが加わる。 「あっ、はい。お待ちしています。」 「楽しみにしてますね。」 それから会話もそこそこに一花と私達は別れて私は神谷さんにそのまま家の下迄送ってもらい一日が終わった。 帰って来ると誰も居なくて私は洗面台に行き手を洗って自分の部屋に入る。 神谷さんからのプレゼントをテーブルにそっと置く。 その前に座り込み両手で頬杖をつきながら睨めっこする。 …。 今日は私の買い物に付き合ってくれるだけだと思ったのにこんな展開予想出来なかったよ。 私は紙袋の中に手を入れ箱を取り出しそおっと丁寧にラッピングを開けていく。 露わになった箱の蓋を徐々に上へと持ち上げるとやはりさっき腕を通したあの素敵な時計があった。 少しの間それを見ながら、でも再び自分の腕にはめる事はせずに元ある状態に戻して紙袋に入れた。 女性が好きなサプライズもしっかりと心得ている神谷さんは今までどんな女性と付き合ってきたのだろうと想像を膨らませずにはいられなかった。 プレゼントを受け取って嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちが混在する中で私は紙袋を持ちクローゼットの中にしまい扉を閉めた。
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