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episode 1
俺は美羽しか好きじゃないんだ…。
こんな風に想っているなんてきっと美羽には
分からない。
俺だって分からない。
どうして美羽しか見えないのか。
美羽のお母さんと俺の父さんは幼なじみだった。
両親が亡くなって親戚も祖父母も居ない身寄りの無い美羽を父さんが引き取った。
俺の家は離婚していて俺と父さんは二人で暮らしていた。
そんな小学六年の夏休み。
俺と同い年の美羽は父さんに連れられて家にやって来た。
背中にはランドセル、手には大きなボストンバッグを持って。
玄関で初めて顔を合わせた時、全然笑わなくておまけに何も話さないからこちらも少し動揺したのを覚えている。
産まれた時に一度だけ会った事があるみたいだけれどまだ赤ん坊だったから記憶には無い。
不安げな表情を浮かべてギュッと口をつぐんでいる美羽を見て子供の俺は俺なりに美羽の背負っているものを感じ取れた。
美羽は家に来てからなかなか笑ってはくれなかった。
朝起きて父さんに「おはよう」と笑顔で言われても「おはよう」と返すだけで笑顔は無く、三人でお笑い芸人の出ているテレビを見ていても俺と父さんの笑い声しかしてこなかった。
横目でチラリと見てみるとテレビは見ているがただそこに映っている画面をぼんやりと見ているだけの美羽が居た。
可愛い顔をしているのに…笑ったらどんな風になるんだろうとふと思い始めた。
だから恥ずかしかったけれど父さんの真似をして俺も朝「おはよう」と笑って言ってみた。
顔が少し引きつってしまったし声もなんか変なトーンで父さんみたいに上手に言えなかった。
けれど美羽は。
「お、おは…よう。拓哉君。」
初めて見た。
ピンク色の可愛い花の様な美羽の笑顔。
笑顔を取り戻してくれた事が俺も父さんも本当に嬉しかった。
日が短くなり夏の終わりを感じる頃、俺の中で美羽の存在が大きくなっていた。
一つ屋根の下で。
あの日父さんに。
「拓哉…姉弟仲良くしような。」
そう言われたけれど。
端っから俺は美羽を女としか見れなかった。
そして成長した今も…心は美羽を想う。
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