ある転生者の独白・前編

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ある転生者の独白・前編

     道の両側に様々な露店が立ち並ぶ、街の大通り。  朝というには少し遅いが、まだ太陽は真上には昇りきっていない、そんな時間帯だ。朝の身支度や食事を終えて街に繰り出した人々も多く、すっかり通りは賑わっていた。  ふと見上げれば、まるで青い絵の具をぶちまけたかのように、空は晴れ渡っている。見ているだけで心が落ち着くかもしれないが、ずっと空を見上げているのも、何だかバカみたいだ。それに、首が疲れる。  俺は視線を戻して、店の軒先に並ぶ果物や小物など、色とりどりの商品を眺め始めた。  そんな俺に対して、 「今日も大通りは混雑しているなあ」  並んで歩く男が、声をかけてきた。いつもの笑顔を浮かべたままで。  茶色の革鎧で身を固め、腰には剣をぶら下げた男。いかにも戦士といった格好だが、まさにその通り。  名前はジェイ。  転生者である俺とは違って、この世界――レナトゥス・ワールド――で生まれ育った人間だ。冒険者となることを義務付けられた転生者とは違うのに、それでも自分の意思で、冒険者という生き方を選んだ男だ。 「ああ、そうだな」  俺が適当に頷くと、 「だけど、シュータと一緒なら安心だ。歩きやすいこと、この上ない」  冗談めかして言いながら、ジェイは、俺の背中をポンと叩いた。  黄悟(おうご)秀太(しゅうた)。  それが、俺の本名だ。  こちらの世界に来てからもそう名乗っているが、オウゴ・シュウタとかシュウタ・オウゴとか、正確に呼んでくれる者はいない。ジェイのように『シュータ』呼ばわりするのはマシな方であり、それよりも、不名誉なアダ名で呼ぶ者が多かった。 「ああ、そうだな」  少し顔をしかめながら、同じ言葉を繰り返す俺。  俺たち二人は、ちょうど人混みの多い箇所に差し掛かる。  元の世界のデパートのバーゲンセール……といったら大げさだろうか。だが、まあ、それに近い感じだ。おそらく、人気の露店があるのだ。  普通ならば「ちょっとごめんよ」とでも言いながら、人をかき分けるところだが……。 「おい、あれって……」 「ああ、噂の転生者だ。逃げろ!」  俺の存在に気づいた者たちが、ざわざわと騒ぎ出すのが、俺の耳まで聞こえてくる。彼らは慌てて駆け出し、俺たちから距離を取り始めた。  結果、人々が俺たちのために道をあける形になる。  これがジェイの言っていた『歩きやすいこと、この上ない』の意味だった。  この現象を初めて目にした時、俺は、ふと思った。 「まるでモーゼの奇跡じゃないか!」  一人の人間が海を割ったという逸話。確か、聖書か何かに出てくるエピソードだったはずだ。だが、そうしたものに疎い俺は、言葉として知っているに過ぎなかった。むしろ映像イメージとしては、ロボットアニメの発進シーンで滝やプールの水が二つに分かれたり、あるいはバトルものの漫画やアニメで強キャラが海や川を割ったり……。  特に、俺が頭の中で思い描いたのは、後者の『強キャラが海や川を割る』の方だった。ここレナトゥス・ワールドは、剣と魔法のファンタジー世界。魔法か何かで『海や川を割る』ことの出来る人間だっているはずだ。そんな考えからの、連想だったのだろう。  しかし。  そうやって宗教上の偉人と自分を重ね合わせるような言葉を思ったのも、最初だけだった。  俺は、モーゼのように敬われているわけではない。現に今も、俺に気づいた人々の間には、何とも言えない嫌な空気が漂っている。  むしろ、死神とか悪魔とかが来た、という感じだろう。  まあ、そこまで恐れられているのではないとしても、大まかなニュアンスとしては、そっちの方向性のはずだ。  現に、今も。 「ママ〜。あれ、何〜?」  一人の男の子が、俺たちの方を――正確には俺ではなくジェイの方を――指差して、即座に母親から注意されている。 「しっ! 見ちゃいけません!」 「でも……」  好奇心旺盛な子供は、興味を持って俺たちに近づこうとさえするが、 「ダメです! 近寄っちゃいけません! あなたも、ああなってしまいますよ!」  慌てて子供の手を引く母親によって、遠くへ連れ去られていた。 「はあ……」  小さくなる親子の背中を見ながら、つい俺は、ため息をついてしまう。  似たような出来事は、すでに何度も経験している。だが、いまだに「もう慣れた」という心境とは程遠かった。  特に、一緒に歩くジェイに対して、申し訳ない気持ちになるのだ。「俺のせいで、ジェイが……」と。  しかし。 「まあ、気にするなよ、シュータ。親ってものは、子供に対して過保護なんだよなあ」  ジェイは、まるで「あの母親が悪い」と言わんばかりの口調で、けろっとした態度を見せるのだった。  やがて。  通りを歩く人々の姿が、視界から消えた。  正確には、人々が消えたわけではなく、俺たちの方が、通行人のいない街外れまで辿り着いたのだ。  この辺りまで来ると、もう建物もほとんど見当たらない。人の作った人工物ではなく、自然の木々や草地の割合が増えてくる。  そして。 「そろそろかな……」  隣のジェイにも聞こえないくらいの小声で、俺が呟いた時だった。  緑豊かな大森林――通称『ボドンの森』――が見えてきて……。  その森の入り口で佇む、二人の女性の姿も目に入った。  一人は、まるで森に紛れるかのような緑色の服――少しヒラヒラした布服――を着た、金髪の乙女。細身で小顔、いわゆる八頭身美人だが、クリッとした瞳は、美女というより美少女系だ。  もう一人は、ごつい赤褐色の全身鎧(フル・プレート)で体を覆った、黒髪の女。体は大柄、顔も『ごつい』という印象で、お世辞にも美女とか美少女とか言われることはないだろう。それでも、戦う女性独特の、鍛え抜かれた体から滲み出る色気がある。  魔法使いのミアリィと、戦士のアードリアだった。ミアリィは杖、アードリアは斧を手にしているのが「いかにも」な感じだ。 「おう、ようやく来たのか」  男っぽいガラガラ声で叫ぶアードリアとは対照的に、ミアリィが、鈴の()のような軽やかな声で言う。 「相変わらず、下品な姿ですわね」  ミアリィは、ジェイに視線を向けて、顔をしかめていた。 「おいおい、そういうこと言うなよ。シュータのおかげで、モンスター(ハント)がラクになるんだから」  ジェイが、俺を弁護する主旨の発言を返す。そう、今『下品』と言われたのはジェイだったが、実際には、俺の方が非難されていたのだ。 「まあ、それはそうですけど……」  あっさりと引き下がるミアリィ。  ミアリィは人間ではなくエルフだ。潔癖症っぽいところがあるのも、そのせいかもしれない。  今の彼女は帽子で耳が見えなくなっているので、外見的には、人間と区別がつかない。この帽子はエルフ帽と呼ばれるものだが、俺のような転生者から見れば、スキーの際に被るニット帽だった。おそらく、この世界では主にエルフが耳を隠すために使う帽子だから、そういう名称なのだろう。 「ガハハ……。ミアリィも、細かいことは気にするんでないよ。さあ、行くよ」  豪快に笑うアードリアに促されて。  俺たちは、森の奥へと――モンスターの潜む場所へと――歩き始めた。  なお。  今の笑い方から想像できるかもしれないが、アードリアは、男勝りで姉御肌。だがそんなアードリアにも、乙女のような恥ずかしがり屋の一面がある。  何しろ。  初めて俺がパーティーに加わった時、彼女はビキニアーマー・タイプの鎧を着ていた。いわゆるヘソ出しルックだった。それなのに、二度目からは現在のように、体を覆う面積の多い全身鎧(フル・プレート)に変更してきたのだ。  エルフのミアリィも、初対面ではエルフ帽なんて被っていなかったのに、二度目からは耳を隠し始めた。示し合わせたわけではなかろうが、おそらく二人とも、俺対策だったのだろう。  そして……。  夕方。  そろそろ本日の冒険は切り上げよう、ということで。  俺たちは、森の出口へ向かって歩き始めた。  今『本日の冒険』なんて言葉を使ったが、今日の俺たちは、大したことはしていない。仕事として依頼されたわけでもないのに、ここ『ボドンの森』まで来て、勝手にモンスターと戦った……。ただ、それだけだ。  良く言えば、モンスター退治のボランティア、ということになるのだろう。だが実際には、そんなカッコいいものではない。経験値やモンスターが落とす金品を目当てに、暇つぶしがてら適当に戦っていただけ。仕事のない冒険者の日常であり、よくある話だった。  この『ボドンの森』は広大だから、おそらく今日だって、俺たち以外にもモンスター退治をやっていたパーティーがいたに違いない。それでも、この森からモンスターが一掃されることはないし、街の近くには、同じようにモンスターがウジャウジャ湧いてくるポイントがいくつか存在している。  たまに俺は、モンスターって何なのだろう、冒険者って何なのだろう、と思うことすらあった。 「いやあ、今日は、ずいぶんたくさんモンスターを狩ったねえ。経験値もガッポリ稼げたよ」  その(ハント)で活躍した斧を肩に担いで、満足そうな笑顔を浮かべるアードリア。  彼女の様子を見たジェイは、ミアリィに対して、得意げな顔を向けた。 「ほらな? シュータが一緒だと、ラクだったろ?」 「それはそうですけど……。  渋々認めるミアリィの背中を、アードリアが、女性にしては大きな手でバンバンと叩く。 「ジェイの言う通りだぞ、ミアリィ。やっぱりシュータを連れてった方が、効率いいんだよ」  さらにアードリアは、俺に対してウィンクしながら、小さく「サンキューな」と言ってくれた。  しかし。  俺は知っている。  口ではこんなこと言うアードリアも、どうせ街に入れば……。 「ははは……。どういたしまして。また冒険に誘ってください」  俺は一応、内心の思いは隠して、そう返事しておく。  そして街までの帰路を歩きながら、現在に至るまでの経緯を――異世界転生に関わる出来事を――思い返していた。 ――――――――――――  まだ元の世界で生きていた頃。  俺が住んでいたのは、都会と田舎の中間くらいの地域だった。  都会から電車で一時間ちょっと。十分に通勤圏だが、駅前しか栄えていないので『都会』とは言えない。しかし通勤圏である時点で、もう『田舎』とも言えない。そう俺は認識していた。  俺の家は、駅から徒歩十五分。また、歩いて五分のところには、高速道路の出入口――インターチェンジ――もあった。  もちろん、高速のインターは車で利用するものだから『歩いて五分』という換算は意味がない。そんな表記をしてしまうように、俺自身は車を持っていなかった。本来は便利なものであるはずの高速道路も、俺にとっては「車がビュンビュン通る、危険な場所」でしかなかった。  そう、いつもの俺は、そのインターチェンジを『危険な場所』として捉えていたのだ。特に、一番近くにある横断歩道には、まだ信号機が設置されていなかったので、 「いつか事故が起こるんじゃないかな?」  とも思っていた。近年では住宅地としての開発が進み、人も車も増えてきたので、余計にそう考えていた。  そして。  忘れもしない黄金週間(ゴールデンウィーク)。  今年は稀に見る大型連休だ、ということで、俺も世間も浮かれていた時期。  その初日。  いつもよりも気が緩んでいた俺は、それまで『危険な場所』と認識していたはずの横断歩道で、車にはねられた。そこで意識を失い、たぶん死んだ。  次に気づいた時には、真っ黄色な部屋で、白い椅子に座っていた。 「……! これは、いったい……?」  状況がわからず動揺する俺の前に現れたのは、一人の老人。  フードの付いた紫色のローブを着込んでいるのだが、フードを目深にかぶっているせいで、左目は隠れてしまっている。さらに、長く垂れた顎髭や、それと一体化した口髭も生やしているので、顔の結構な部分が覆われているのだ。  怪しいことこの上ない風体(ふうてい)だったが、老人は、神を自称していた。ますます怪しい。 「私は転生を司る神じゃ。お前は今から、天国でも地獄でもなく、異世界へ行くことになっておる」  信じられない話だったが、生まれ変わってやり直せるというなら、悪くない。こんな怪しいヤツ認めたくないものだな、という理性は押さえつけて、とりあえず話だけでも聞くことにした。 「転生の際には、それぞれ一つ、固有技能(オウンスキル)が与えられるのじゃ」  自称『神』の説明によると、転生者は異世界では必ず、冒険者として暮らさなければならないらしい。冒険者とは、モンスターとの戦いを生業(なりわい)とする者たちのことだ。  平和な日本で生きてきた真っ当な者たちが、いきなり戦場に叩き込まれるのも不憫。そんな気持ちから作られたシステムが、固有技能(オウンスキル)の授与だという。 「固有技能(オウンスキル)は、死に際の強い未練に基づいて設定されるのじゃが……。さあ、思い浮かべてみよ。お前の心には今、何が浮かんでおる?」  車に轢かれた瞬間、俺は「よりによって黄金週間(ゴールデンウィーク)に死ぬなんて……」と嘆いたものだった。  今も、その想いが胸に浮かぶ。  この気持ちが見透かされるのであれば……。少しだけカッコつけて……。 「よろしい。では……」  自称『神』が、納得したように呟く。  この瞬間、俺の固有技能(オウンスキル)は決まってしまったのだった。  そして。 「では、行くがよい。第二の人生が待っておる。まずは冒険者ギルドで、登録を済ませることじゃ……」  その言葉に見送られて。  再び俺は、意識が遠くなった。  意識を取り戻した時、俺は、石畳の広場にポツンと立っていた。  立ったまま眠っていたのだとしたら、少し奇妙な話だが――まあ現世でもそういう人間を見たことはあるのだが――、おそらく『眠っていた』というのとも違うのだろう。  その広場には花壇、噴水、いくつかの露店などがあり、いかにも「街の中心」といった感じだった。広場から続く大通りの両側には、当然のように家屋も建ち並んでいたが、いわゆる高層ビルは一つもなく、高くても三階建て、という状態。  まあ、異世界だからこんなもんだろう、と思いつつ、さらに周りを見渡すと……。  結局、そこら辺で一番立派な建物は、俺のすぐ目の前にある白い石造りの会館だった。  これが冒険者ギルドに違いない。  そう判断して中へ足を運ぶと、入ってすぐのところに受付窓口があった。  受付嬢らしき女性の姿も見える。  近づいて話しかけるべきだろう。 「あのう……。ここって、冒険者ギルドですよね? 俺、ここで登録するように言われて、来たんですけど……」 「新米冒険者の(かた)ですか? ようこそ!」  営業スマイルの似合う、気持ちの良い声質の持ち主だった。    
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