指数関数的増加ナノマシンプロトコル

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指数関数的増加ナノマシンプロトコル

 研究所に向かう車の中から、朝焼けの空に浮かぶ下弦の月を眺めている。緊急事態だと電話で叩き起こされて、一体なにが起こったか、詳細を知らされぬままに道を急ぐ。果たしてこれで何度目か。後輩の指導も楽ではない。  ナノマシン研究に関する仕事についてから、そろそろ十年になる。何かでかい山を当てて、一攫千金で片手うちわという目論見は、研究員として働き始めて三年で潰えた。地道に何かを積み上げること、それしかないのだと早々に学んだ。  研究員生活五年目くらいから、後輩の指導にあたることが多くなった。自分の研究は当然するが、後輩の研究の手助けも求められる。マネジメントとはまた違う。いわゆるメンターと呼ばれる立場である。過去に受け持った後輩の、全てが私を悉く上回った。嫉妬したことはない。羨ましくはある。ほとんど全員が数年で、研究所を辞めていった。  今回連絡をよこしたメンティーは、私が受け持って三ヶ月目の新米だ。恐らくは私が受け持った中でもピカイチで、人類を救うか滅ぼすかの、どちらかを成し遂げるだろうと思っている。愛想はそんなに良くはない。いわゆる喪女に分類される。それでも時折見せる笑顔は、ちょっと可愛いかもと思ったりもする。 「主任ーーー! ヤバいですよぉぉぉ!」  研究所に着くなり彼女が飛びついてくる。  彼女が犯した失敗は、過去にも枚挙にいとまがない。その度に泣き付かれるのだが、第一声のテンションの具合で、そのヤバさがみて取れる。今回のヤバさはひとしきり、ヤバそうな気配が漂ってくる。 「今回はなにやらかした?」 「ごめんなさい〜」  間延びした謝罪の言葉を放ちつつ、彼女が差し出した瓶の中には、なにやら黒い靄のような、不穏な何かが揺れている。机に置くと静かになる。どうやら自律駆動はしないらしい。 「……なに、これは」  嫌な予感を振り切りながら、彼女に精一杯の問いを問う。おそらく私の表情は、引きつっていただろう。 「吸倍プロトコルの、パラメータ設定に失敗しちゃったんです〜」  です〜じゃねえ。  吸倍プロトコル、おそらくは彼女が作り上げたものの、中でも最高峰にヤバいやつで、最高峰に人類へ貢献しそうなもの。それがこの「吸倍プロトコル」という代物である。読んで字の如く、そばにある物体のうち、吸収できるものを吸収し、然るべき量を吸ったあと、分裂して増殖するという仕組みである。ある意味生物のそれとも似ているが、これの恐ろしい点はただ一つ、死の概念が存在しない。根本的にナノマシンなのである。破壊がなければ延々と、増えることができるのであれば、延々と機械的に増え続ける。それはまさに、機械だけに。  その増殖はまさに指数関数的に、可能な限り上向きに、全てを滅ぼすまで続く。仮に吸収できる物質が、岩石だったのであれば、地球を丸呑みにして終わるだろう。だからパラメータの設定を誤るなと、彼女には念を押しまくってきたはずだった。 「……なにを設定した?」 「炭素です〜」  頭を抱えた。 「この、瓶の中にあるやつ、炭素食うの?」 「私の爪を試しにあげたら、二秒で消滅しました!」  しましたじゃねえんだよ。なんでそんなに自慢げなんだよ。 「こいつを消す手段は?」 「それをどうしようかと思って連絡したんです〜」  だからあれほどマシンを消す手段は用意しておけと、口酸っぱく言い聞かせてきたはずなのに、こいつはそれを用意していない。 「なるほど、とりあえずこの朝っぱらから俺を呼び出したのは、まあ正解と言っておく。とりあえず、こいつは絶対に動かすな。微動だにもするな。仮にこいつを肌にでもつければ、世界が滅ぶと思え」 「はい〜」  少々きつめの脅しをかけたはずなのに、こいつの調子は変わらない。これだけヤバいやつであっても、俺の可愛い後輩であることに変わりはない。ぶっちゃけ王水でもぶっ掛ければ、処理が完了するはずなのは、前に伝えたはずである。それを忘れるほどのポンコツだとは、微塵も思ってはいない。やれやれという表情だけ彼女に向ける。そんな可愛い後輩のことを、まあまあ可愛いと俺は思う。 ーーー 練習問題① 文章はウキウキと 問二:動きのある描写を一つ、もしくは強烈な感情を抱いている人物を描写しよう ーーー 描写できたかなー、どうかなー。
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