一人の転生者の独白

1/1
前へ
/5ページ
次へ

一人の転生者の独白

     シェリーは、僕のパートナーだ。  といっても、夫婦とか恋人とか、そういう色っぽい意味でのパートナーではない。あくまでも冒険者としてのパートナーだ。  もちろん。  シェリーは、魅力的な女性だ。  短めの赤髪は、燃える炎を思わせる力強いイメージがあって、彼女には似合っていると思う。体のラインだって、出るところは出ているし、引っ込んでいるところは引っ込んでいる。  ひとことで言えば、シェリーはカッコイイ系の美人なのだ。  それに。  僕の話を――特に彼女が知らない地球の話を――、いつも「私、関心あります!」って顔で聞いてくれるのは、この上なく素敵なことだ。一緒に行動していて、とても居心地がいいと感じる。  でも。  そうした気持ちは、恋愛感情とは違うのだろう。そう僕は自分に言い聞かせている。  これを恋とか愛とかだと誤解してしまったら、何か二人の関係がおかしくなりそう、って心配なのだ。だから僕は、彼女との仲を、これ以上深めたいとは思えない。  今、こうして差し向かいで飲んでいるのだって。  あくまでも、冒険者仲間として。  お月見という儀式を――地球の風習を――この世界でもやってみよう、という試みに過ぎないはずだった。 「今まで私、月を見て『美しい』なんて考えたことなかったけど……。こうして『お月見』をしていたら、そんな気分になってきたわ」  少し潤んだ瞳で、シェリーが呟く。  お酒のせいだろうか。今の彼女は、ほんのりと頬も上気している。いつもより唇も艶っぽく見える。  今のシェリーには、見ているだけで吸い込まれそうな、蠱惑的な雰囲気があった。  いけない、いけない。  僕たちは恋人でも何でもなく、あくまでも冒険者としてのパートナーなのだから……。  僕は、あえて彼女の魅力からは目を逸らして、夜空に浮かぶ満月へと――お月見の対象である物体へと――意識を向け直した。 「うん。月が綺麗だね」  何気なく、僕が呟くと。 「えっ?」  彼女は、びっくりしたように目を丸くしていた。それこそ、夜空のお月様とか、お供え物のケーキにも負けないくらいに『丸く』だ。  これには、僕の方こそ驚きだ。彼女の発言に乗っかるような言葉を、僕は口にしたはずなのに。  よく見ると、彼女の顔には、驚きの色だけではなく、嬉しそうな感情も表れているのだが……。  ふと、月の魔力という言葉を思い出した。  月は人間の精神に影響を及ぼす。特に満月は、人間の感情を高ぶらせる、という通説だ。  それを考えると。  いくらパートナーとはいえ、シェリーのように魅力的な女性と二人きりでお月見なんて、良くなかったのかもしれない。僕が今のシェリーをいつもとは違う目で見てしまっているように、シェリーはシェリーで、感情や思考パターンなどが少しおかしくなっているのかもしれない。  さて、どうしようか……。  そう思ったところで、テーブルの上のケーキが視界に入った。  そうだ。  花より団子という言葉がある。色気より食い気という言葉がある。  月見酒は一時中断して、ケーキでも食べたら、少しは雰囲気も――二人の間の空気も――変わるかもしれない。  とりあえず、ケーキを一口……。  だから僕は、わざとらしいくらいの笑顔で、こう言った。 「ねえ、シェリー。そろそろ、食べたいな」 「……!」  彼女が示したのは、先ほど以上の驚きだった。今度は「絶句している」「言葉も出ない」という感じだ。  ああ、いけない。これは、僕が焦ってしまったのだろう。ちゃんと「ケーキを」と言わなかったから、何か誤解させたのかもしれない。  僕は慌てて、言葉を付け加えた。 「ケーキひとかけら、だよ」  一瞬、彼女は、あっけにとられたような顔をしてから。  酒のせいだけとは思えないくらいに顔を真っ赤にして、その場に立ち上がった。  そして。  バチン!  大きな音を立てて、僕の頬を平手打ちする。 「ナッツ! 今夜のあなたは、どうしちゃったの? せっかく、ちょっといい雰囲気だなぁって思ってたのに……。あなたが、こんな男だったなんて! 見損なったわ! 私、帰る!」  プンプンと怒りのオーラを撒き散らしながら、彼女は、部屋から立ち去ってしまう。 「……」  言い訳じみた返事をすることも、彼女を引き止めることも、僕には何も出来なかった。  ただ、叩かれて熱くなった頬に手をあてがいながら、意味がわからず戸惑っていた。  いったん止まった機械製品が再起動するかのように、ようやく僕が言葉を取り戻したのは、それから数分後のこと。  まだ混乱した頭のまま、僕は呟く。 「僕の方こそ……。わけがわからないよ……」    
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加