一、小旅行

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一、小旅行

 電車がホームに滑り込んできた。  ぷしゅーと音を立ててドアが開く。 「おはようございまーす」  乗り込んできたのは鳩だ。  嘴で器用に羽を一本抜くと、座席の上に置く。 「よう、どこまで行くんだい」  ふと見ると、向かいの座席の上に、黒々とした烏が座っている。そして烏のそばには、同じく黒々とした羽が一本置いてあった。 「あら烏さん、おはようございます。ちょっと橋の向こうに行ってみようと思って」 「ああ、そりゃあいい。あの辺りは空気も綺麗で飛んでいて気持ちがいいからな」  次の駅に電車が止まる。  網棚の上で寝ていた雉猫が、にゃあと欠伸をして床に降り、烏と鳩を一瞥して降りていった。  さらに次の駅で栗鼠の番が乗ってきた。やはり椅子の上に木の実をいくつか置いて、手摺を伝って吊革にたどり着くと、ぶらぶら揺らして遊び始める。  ごとごと、ごとごと、電車は進む。  いくつか駅を過ぎるうち、烏が降り、栗鼠も揃って降りていった。  一人になった鳩は、窓枠に飛び乗って外を眺めた。ちょうど電車が国道の上に掛かった高架を渡るところだった。    道路は誰も手入れをしなくなった街路樹が我が物顔で枝を伸ばし、その枝を猿の群れが楽しそうに走り抜けていく。その合間を飛んでいくのは、どこから来たのだろう、極彩色の鸚鵡だ。  電車は高架を渡り、森の中を進んでいく。  大きな樹の間間に、蔦に覆われたビルや平屋が見える。  森の駅では猿が何匹か乗ってきた。座席に置いてあった鳩と烏の羽をそれぞれ手に取り、身体のあちこちに挿しこんで、どこに挿したら一番お洒落かを議論している。  次の駅では葡萄を一房咥えた狸が乗ってきた。狸は葡萄を座席に置くと、栗鼠の番が置いていった木の実を齧り始める。そしてふと鳩を見て、 「あれえ、はじめて見る顔だねえ」 「はじめまして、私は橋の向こうから来たの。この辺りは樹が沢山あって素敵ね」 「へへ、そうだろう、鳥が巣を作る場所はここには一杯あるよ。ただねえ……」  電車がホームに入った。決まりきった動きで、ドアがあんぐりと開く。  その時、今まで聞いたことのないほど大きな音でピーンポーンパーンポーン、と鳴り、続いて森の中に割れた声が響き渡った。 『こちらは、…成…役所です。新型…炎ウィルス…染症の、非常事態宣言が発…されています。許可証……たない方の外出は、禁止されています。繰り返します。こち……、…成区役所で…』 「まあ、何かしら、今の?」 「うるさかっただろう。あれが朝昼晩と毎日欠かさず鳴るのさ。意味がわかる奴らはもう何処にもいないってのに。律儀なもんさ」 「朝昼晩毎日ですって? 頭がおかしくなりそうだわ。貴方達は何ともないの?」  狸は椅子の上でころころ転がりながら 「俺たちは生まれた頃から聞いてるからなあ。もう慣れちまったよ」 「そんなものなのかしら。せっかく良いところだと聞いて来たのだけれど、巣を作るにはちょっと不向きかしら」 「そうだね、外から来た奴は半分くらいあの音が嫌でまた出て行った。あんたもたまに遊びに来るくらいの方がいいかも知れないねえ」 「そうね、残念だけれど」  次の駅で鳩は電車を降りた。  ちょうど向かいのホームに別の電車が入って来たのでそれに飛び乗る。  ごとごと、ごとごとと電車は高架を渡り、鳩の住んでいるところに戻っていった。  人類が感染症で絶滅した今も、AIで管理された無人電車は無人の街をさまざまな客を乗せて時刻表通りに運行している。
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