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アライグマのユロルちゃん 湖の貴婦人
ユロルちゃんはいつも通りパンツ洗いをしていた。社長のフクオも自らの手でパンツを洗っている。
遠くの水辺に人影を見つける。戦闘民族のティーンズ★ギャルかもしれないと身構えるがTGには持ち得ない、聖なるオーラを感じる。
「ずいぶん綺麗な少女だな。……フクオ、分かってるな?」
「うん。任せて」
ユロルちゃんは高速セグウェイに乗って遠くにいる少女に近づいた。
「きゃあっ!」
セグウェイの音に驚いた彼女は振り返り、ユロルちゃんを見た。
彼女が着ているのは学校の制服だった。高校生か……。
「ああ、俺のことは気にしなくていい。この泉のそばで暮らしてるしがないアライグマだ」
「会話ができるアライグマがしがないとは思わないけれど……怪異?」
「さぁ……俺が怪異かどうかなんてどうでもいいことだ。俺の肩書きはグレートパンツクリーニング副社長だけで十分だからな」
彼女は妖艶な笑みを浮かべている。敵意がないことは分かったが、何者なのか気になった。
「どうしてこの泉に来ることができたんだ? トックリ泉の周りは険しい山に囲まれている。普通の女子高生が入ってこれるような場所じゃないぜ。お前の方こそ、怪異なんじゃないのか?」
「その通りよ。私は水の精霊のようなものよ。ダームデュラック(湖の貴婦人)なんて呼ばれたこともあるわ」
ユロルちゃんはスマホでダームデュラックを検索する。アーサー王にエクスカリバーを渡した逸話が出てきた。
「なるほど。アーサー王伝説か……。たしかに伝説の登場人物にふさわしい、美しい姿だ」
ユロルちゃんが引き付けている間に、水の中から出てきたフクオがパンツを奪い取った。
ダームデュラックは急にお股が涼しくなったような気がしたが、パンツを取られた事には気づかなかった。
見た目に似合わない派手なパンツを、フクオは頭に被り、再び泉の中に消えた。
「私のオーラを褒めてくれるのは嬉しいけれど、本当は普通の女の子になりたいの」
「ほう……それで、女子高生の格好をしているのか。だが、どうして自分を陥れるようなことをする?」
ダームデュラックはごく幼い子供のように、水面を蹴飛ばした。彼女の美しい姿が映っていた水面がゆらゆらと揺れて歪んだ。
「長い間、湖の城で過ごしていたけれど、寂しくなって。伝説の存在でいることに疲れちゃったの。現実の世界に紛れて、普通の人としてすごしていれば、いずれ力を失っていくかなって」
それは人ならざる者として、緩やかな自殺を意味していた。
「……俺は自分が怪異なのか、それともただのアライグマなのか、はっきりと自覚したことはない。そんな訳のわからない存在だが、自分自身の存在を薄めようと思ったことはない。これから先、お前のような考えになることはねぇだろうな」
「同情を求めたつもりはないわ。1500年も生きた私の気持ちを推し量るのは無理話よ」
「そうだろうな。だが、応援はするぜ。俺なりのやり方でな」
ダームデュラックは首を傾げたが、また微笑むと、徐々に姿を薄めて、泉の中に溶け込んでいった。
「…………消えたか」
完全に気配が消えたことを確信したユロルちゃんは、肺一杯に空気を吸い込んで叫んだ。
「オーイエス! 女神のパンツ! サイコーだぜぇ!」
泉から引き上げて、近くの木陰に隠れていたフクオが駆け寄ってくる。
「あはは! 見てよユロルちゃん! あの女神、すごいパンツ履いてたよ! 全面レースの真っ青パンティー!」
「Wow! 何が伝説の存在でいる事に疲れちゃっただ! 新しい伝説が始まっちまうじゃねぇか!」
「そうだね。預かったパンツを丹精込めて洗おう。そうすれば僕たちも伝説の1ページに記されるはずだからね」
シャバダバ……ドゥビドゥビ……。ユロルちゃんのパンツ洗いの手捌きで、泉が歌う。グレートパンツクリーニングは今日も通常営業。
現世で買った可愛いパンツが失くなっていることに、ダームドゥラックが気付くのは、異界に戻ってからの話。
了
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