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櫂さんの視線を感じたのか、伊藤さんに何かを話していて、俺のいる場所まで歩いてきた。
「………………隆哉君、見たでしょう?実はね、退院をした事は詩織や慧に話していない事なの。特に慧は前に無理をさせたでしょ?翔先生から聞いたわ。同じことをして、もっと酷くなったら取り返しがつかなくて今は黙っているの。たぶん、いずれは知る日が来ると思うけど。ねぇ、本当に後悔しない?今の彼女は本当に変わってしまったの。最近は漸く笑ってくれたけど、最初は笑う事、泣く事の表情をしなかったの。まるで。」
「生きたお人形さんか。」
そう呟くと紅葉さんが驚いた表情をする。
「前もそうだったぜ、感情を押し殺してな、ほぼポーカーフェイス状態だった。なるほどな、逆戻りか。それも想像以上の。ちなみに生きたお人形の発想は慧だ。」
「そうだったのね。」
「母親の事は覚えているのか?」
「え?えぇ。お母様しか覚えていないみたいで、他には全くね。」
「そうか、母親は覚えていたんだな。」
ほっと胸を撫で下ろして伊藤さんを見ようとした。
え?
海を眺めていたはずの伊藤さんが俺を見ている。
向きを変えたのか椅子に座ったままだけどな。
真っ直ぐに見る黒い瞳は、不安なのか揺れていて。
けれど俺を捉えようと必死になって見つめている。
「か、海鈴ちゃん!」
紅葉さんも知ったのか狼狽えている。
「どなたですか?」
心に響く透き通った声をする彼女は俺に尋ねてくる。
「櫂さんと紅葉さんのお友達ですか?初めまして伊藤海鈴と申します。」
感情のない声音と、まるで誰かに言わされたのかと疑問を覚える程の気持ちのない話し方。
戸惑いを隠せない俺は固まってしまう。
「は、はい。そうです、俺は後藤隆哉と言います!」
「後藤さん?初めまして。」
緊張している俺を感情の無いまま見つめている。
「隆哉、見ただろ?だから諦めた方がいい。お前はモテる、未来もあるんだ。約束を引き受けた俺が浅はかだったな。」
「櫂さん、俺は諦めません。絶対に!彼女が笑顔を見せるまで。」
「隆哉、おまえな。」
俺の表情を見た櫂さんは、呆れたように肩を落とした。
落ち込んでいる櫂さんを無視して、俺は急いで伊藤さんの元へ走っていく。
俺を見た伊藤さんの顔は強張っていて固まっていたけど。
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