悲劇でも喜劇でもなく

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 お姉ちゃん亡き後、僕はごく平凡な子供として育てられた。お姉ちゃんに限らず、幼い子供が命を落とすなんていうことはよくあることなのだ。だから、特段特別扱いされることもなく、僕は普通に育った。  もちろん、両親から愛されているのはわかっていたけれども、それも含めての平凡で普通だ。  僕の家は、街の中にある名もない仕立て屋で、お姉ちゃんを亡くして数年経った頃から、僕はお父さんの仕立ての仕事を手伝うようになった。はじめのうちは、糸や布をお使いで買いに行くだけだったけれども、仕事を任せてもらえるのはうれしかった。  そんなある日のこと、行きつけの布屋さんで布を買った帰り、空に光る物が見えたのでその場で立ち止まって空を見上げた。  すると、驚くべきものが目に入った。白く光る翼を羽ばたかせた天使様が、空を飛んでいたのだ。  白い服をはためかせて飛ぶ天使様を、街の人々が指さす。 「天使様だ!」 「ああ、ありがたい。この街を護って下さる天使様……」  この街を護って下さっている天使様の話は何度も聞いたことがある。人攫いに攫われそうになった子供を助けてくれただとか、悪事を働いた悪いやつを改心させただとか、もっと身近な話だと、荷車をひっくり返してばらまいてしまったりんごを拾うのを手伝ってくれたとか、そんな話だ。  あまりにもまことしやかに噂が囁かれていたので、いつかその天使様を僕も見ることができるのではないかと思っていた。そのいつかが。今だったのだ。  そして、天使様の輝く翼を見てぼんやりと思う。僕がまだ小さかった頃、お姉ちゃんの葬儀に現れた、あのうつくしい天使ふたりはほんとうの天使ではなかったのだと。  でも、それはそれでいいと思った。少なくともあの時の天使をしていた子供のおかげで、僕の心は少しは救われたのだから。  今飛び去っていった天使様は、天国にいるお姉ちゃんを見守っていてくれているのだろうか。お姉ちゃんは天国でしあわせにしているだろうか。  天使様を追いかけていって、それを訊ねたかったけれども、天使様の姿はもう見えない。僕は天使様が飛び去っていった方に向かって、胸の前で十字を切った。  家に帰る途中、教会の前を通りかかった。すると、教会の中から小さな棺と遺族、それに天使の姿をした子供が出てきた。  通りがかりの人が小声で言う。 「天使役がいるなんて。また小さな子供が亡くなったのか」  天使役。それを聞いて僕はすぐに思いだした。  お姉ちゃんの葬儀の時に、お姉ちゃんに花と歌を捧げてくれた天使。あのふたりは、やはり子供が演じていた天使の似姿だったのだ。  葬列に続いていく天使役は、あの時の天使と同じようにうつくしい面持ちだった。
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