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それから数日後、貴族から注文された服を縫っていたら糸を切らしそうになったので、街の糸屋さんへと買い出しに出かけた。ついでに、他の色の糸も買うようにお父さんに言われた。
糸屋さんで糸を選んでいると、知り合いに会った。
「やあ、こんにちわ」
「あ、こんにちわ」
彼は僕より年上だけれどもまだ少年と言っていい年頃の同業者だ。
彼は先日街で流行った黒死病で、両親を喪った。そしてそのまま店を継ぎ、まだ幼い弟ふたりを養っているのだという。
彼は、両親が受けていた仕事を間に合わせるために、両親の葬儀にも出られなかったと言っていた。その時の彼は、どんな心持ちだったのだろう。
「最近、仕事はどう?」
彼が疲れた顔で笑いかけてくる。きっと今も、仕事に追われてろくに休めていないのだろう。
「おかげさまで、仕事は順調です」
「そっか、お仕事おつかれさま」
疲れているのは、彼も同じだ。いや、きっと彼の方が過酷な仕事をしているだろう。僕はお父さんと分担して仕事をすることができるけれども、彼は仕立ての仕事全てを自分ひとりでやらなくてはならない。それがどれほど大変なことなのか、僕には想像がついてしまうのだ。
彼は両親を喪ってからずっと働きづめだと聞いた。それなのに彼は僕におつかれさま。なんて言うのだ。
彼が糸をたくさん持って僕に言う。
「それじゃあ僕はお会計してくるね。
お父さんによろしく」
「はい。それじゃあ、また」
少しふらついた足取りで店の奥へ向かう彼を見て思う。黒死病が流行ったとき、運が悪ければ僕も彼のように、ひとりで店を背負わなくてはいけなくなったかもしれなかったのだ。
もしほんとうにそうなったとして、僕はひとりで生活することができるだろうか。養う家族がいなかったとしても、自活できるだろうか。少なくとも、今の僕の技術力では店を支えきれない。そう思った。
両親が元気に生きていて、仕事があって、僕はあまりにも平凡な日々を送っている。悲劇という悲劇もなく、かといって喜劇的なことがあるわけでもない。
そんなただただ平凡な日々がこれからも送れますように。
きっとそれが、小さいながらもしあわせな人生なのだから。
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