屋根の上の恋人たち

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 気が付いた時には、既に変異していた。いや、元々の元凶はきっとあったのだろう。けれど何千年と流離(さすら)ううちに忘れてしまった。もしも会ったとして、今更だ。今までの時を巻き戻すことなんて出来やしない。  アーサーとソフィアは寄り添って座る。いつの間にかついた習慣。共に居る間は片時も離れない。 「今回の人は賢治(けんじ)っていってね、小学生から幼馴染になったんだ」  ソフィアが語る物語を黙って聴く。 「最初は喧嘩ばかりしてたけど、面白いもんだよね、高校生辺りからちゃんと恋愛感情を持てたんだ。賢治は恐竜発掘が好きでね、考古学の助教授まで頑張ったんだよ。まぁ座学をやるより現地に行って発掘する方が好きだったから、出世には向かなかったけどね」  思い出話をするソフィアは嬉しそうで、そんな顔を見ることがアーサーは好きだった。 「子どもは養子を迎えたんだ。私は産めないからね。血の繋がりなんてないのに、不思議と似るんだ。人間って上手いこと出来ているよ」  吸血鬼は生ける屍───新しい命をその身に宿すことなど出来ない。 「最後は落ち着いて旅立ったよ……」  ソフィアは少し淋しそうに笑う。その淋しさを共有出来るのは、同じ境遇のアーサーだけだった。 「アーサーは? 良い人だった?」  アーサーの肩に頭を乗せてソフィアが尋ねる。喪う痛みも哀しみも、全て共有してきたのだ。何も隠しはしない。 「……結婚したんだけどね、癌が見付かって。祐香(ゆうか)っていうんだけど。新婚生活を楽しむ間もなく、あっという間だよ」  愛する人が病で弱っていく姿を見るのは辛い。傍に居てやることしか出来ず、何千年と存在していても人間の尽きる寿命を引き伸ばすことも出来ない。 「祐香の両親と()()()()が亡くなってから俺もリタイアしたんだ」  それからずっと、ここに居た。 「今回はリタイアだったんだ……」 「うん」  リタイア───人間でいうところの、行方不明に当たる。  アーサーもソフィアも、何千年と人間社会に溶け込んで生きてきた。外見を変化させる能力はあった。姿を(かすみ)にすることも出来た。なので、女性の胎の中に潜り込んだ。本来の胎児を押し退けてまでは潜り込まない。母親の胎の中で息絶えてしまった胎児の代わりに家族の一員として潜り込んだ。時には自殺者の代わりにその人物に成りすますこともあった。  そうして生きる場所を手に入れては、外見をほんの少しずつ変化させながら人間の一生を生きてきた。配偶者が亡くなれば、自分も年相応の死に様を見せて()()()()()()を終わらせる。  リタイアはそれを省いてフェードアウトした時の表現だった。 「辛かったね」  ソフィアの言葉が胸に突き刺さる。 「……うん」  同じ痛みを知っている。同じ哀しみを知っている。そんな相手が居る。たった一言、それだけで充分だった。
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